2011年04月24日

最期の場所

 遅くなりましたが春休みに2週間行ったインドスタツアの報告をかねて綴らせていただきます。


 インドの聖地、バラナシ。そこは聖なる河、ガンジス河が流れ、多くの人々を呼び寄せる。輪廻転生を目指したヒンドゥー教徒たちは自らの遺灰をこの聖なる河に流すことを願う。またこの町で死を迎えようと各都市から「最期の場所」として選ぶ信者もいる。いったい何が人間を惹きつけるのか。答えを探し求めに再び私はこのバラナシを訪れた。

 乾季により夏のような広大さを失った母なるガンガーは、それでも偉大であった。ゆっくりと河は流れ、その沿岸では罪の浄化を信じたヒンドゥー教徒たちの沐浴が行われている。川岸にある階段、ガートを歩くと木が燃えた匂いと合わさってなんとも説明しがたい異様な匂いが鼻につく。火葬だ。この匂いの発信源からは煙が立ち昇り、遺体の氏族、そして観光客がそれを囲む。眼前に広がる燃え行く死体の姿。観光地化したそれはまるで倫理観を超えた全ての人間を巻き込んだ盛大な儀式を思わせた。

 人生二度目のバラナシの火葬場、インド人から声をかけられた。「ここでは遺族しか見ることが出来ない。観光客はあの建物から見るんだ。」指で示されたそこは見覚えがあった。夏に同じ理由で誘い込まれ、1500ルピー(3000円)を騙し取られたあの場所だ。しかも、声をかけてきたのは紛れもない前回と同じ人だ。彼は自らをカースト制度最高階級のバラモンだと言う。輪廻転生やカルマに触れ、死者を燃やす薪代として請求された金を払わなければ不幸が訪れると、宗教を交えた彼の話に、そのとき私は金を渡した。そして今回、再び騙されそうになったのだ。何故だか嬉しい再会であった。誘いを断り宿に戻りながら心が躍る。

 同じ国、同じ都市に1度ではなく、2度、3度訪れる意味をここに感じた。再会という単純な理由が私に3度目の来印を決心させた。再会は懐かしさだけではなく、自らの成長をも感じさせる。放浪という旅路での出会いが出会いを生む連鎖。これはただ日本で普段の生活をしている中ではほとんど生まれない。沐浴が私の罪を洗ったように、私は長旅を共にしたバックパックの汚れを、家でテレビのニュースを見ながら落とした。

【文責:広報局 瀬谷健介】
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2011年03月27日

(インドスタツアブログ)踏み込みたくなかった、心の部分

遅くなってしまい申し訳ありません。

さて、今回何を書こうかな?インドの町の雰囲気についてでも書こうかな?と思っていたのですが、やはりこの話題からは離れられない気持ちがあります。


東北関東大震災


インドでもずっと日本の津波についてのニュースを放送しており、写真展のビラ配りのために道を歩いていると、
「日本人か?津波大丈夫か?」
と本当に多くの方に声を掛けていただきました。


そんな中、ある男性が私にこう言いました。
「お前はなんでここにいるんだ!日本が津波に襲われて大変なのに日本人のお前は日本に帰らないのか?」

「今は空港も使えないし、航空券もすでに取ってあるし、帰れない。それに、私達は写真展をやるためにここに来たのだから写真展を終えるまで帰れない」
このように反論したのを記憶しています。


その時は本当に「しょうがない」と思っていました。
しかし、後でこの事をメンバーに話し、現地のNGOスタッフの方の言葉を聞いてはっとしました。

「インドに残れるのは、自分の親族・友人の安否確認が取れていて皆無事だとわかっているから」


確かに、自分達の家が被災し、親族友人に死者・行方不明者が出ていたらすぐにでも帰国の準備をしたに違いありません。空港は関西空港もあるしどうにかなります。チケットにしても新しく手配すれば何の問題もありません。写真展よりも親族・友人の生死のほうが大事です。


そう。「しょうがない」と言っていた裏には、「他人事である」という思いが無意識のうちにあったのです。


日本の悲惨なニュース映像を見る中で、

ただ事ではない

被災者の方々はどんなに大変な状況にあるのだろう

他人事ではない

と心から思っていました。いや、思っているつもりでした。


もちろん、今回は様々な要素を天秤にかけた上でのプライオリティの問題でもあります。今回のプライオリティ関係はまさにこれでした。
親族・友人の安否>写真展>被災地・被災者の方々


当然といえば当然なのかもしれません。自分に一番近い人間が一番大事なはずです。

ですが、遠いところに住んでいるからといっても同じ日本にいる限り、私達は被災地の方々と間接的であれ何かしらの形で関わり合いを持っています。東北地方の野菜もお米も食べてきています。サークルの合宿でも福島の方にお世話になりました。

しかし、決して無関係ではない方々が被災されている状況で、写真展を優先する。いくら自分と無関係ではないとわかっていても、結局は、他人事だという思いが潜在的にあるということがその行動からわかってしまったのです。

今回改めて「自分とあまり近くない、大変な立場にある方々を心から思うことの難しさ」を感じました。


人間の嫌な部分が見えてしまい嫌悪に陥ることもありますが、自分が落ち込んでいても仕方ありません。上記のような思いが潜在的にあろうとも支援は出来るはずです。
これからも自分の出来る範囲での支援活動を行っていきたいと思います。


                      【文責 国際局2年 青山 明弘】
posted by S.A.L. at 17:57 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月08日

支援について考える

こんにちは、SAL一年の川又です!

私は2/23〜3/5の行程でカンボジアへスタディーツアーに行ってきました。
行程中体調を崩すものもいましたが、5日の早朝5時過ぎ、無事に羽田空港へ降り立ちました。

そしてブログの更新が大幅に遅れたことをこの場を借りてお詫び申し上げます。ごめんなさい。

遅くなりましたが、良かったら読んでください。





*
今回のスタツアで、山浦さん(NPO法人Art-planet代表)との対話の中であったり、
一週間のカンボジアでの生活の中で、とても考えさせられたことがあります。

それは「支援」ということについてです。



支援についての話の前に、
みなさんは「カンボジア」という国に対してどんなイメージを抱いてますか?

私の母親は、私がカンボジアへ行くと行った時、

「危ない国じゃないの?」「そんな途上国に行って何があるの?」「ちゃんと生活できるの?」

そんなことを口にしました。

ゴミがすごそう、道が舗装されてなさそう、物資が足りてなさそう。

実際、こんなイメージを抱いてる人は結構いるんじゃないでしょうか。

私自身、SALのメンバーからの話で少しはカンボジアについて知っていたものの、
イメージの中のカンボジアはもっともっと汚くて未発展なところでした。



ところが現地(プノンペン中心部)へ行ってみれば、道は綺麗に整備され、
市場には食材や生活用品が溢れ、街中にはお洒落なカフェやレストランが立ち並ぶところもあり、
ゴミも思ったよりずっとずっと少なかったです。

泊まったホテルも安宿だったのでどんなひどい所かと思いきや、
温かいシャワーは出るし、エアコンだってついていて、
ベッドメイクも毎日入りとても清潔なところでした。


イメージの中のカンボジアと実際に見たカンボジアはずいぶんとギャップがあったのです。




では、こんなにも発展を遂げたカンボジアは何故発展途上国と呼ばれるのでしょうか?

一概に決めつけることはできませんが、それはカンボジアという国自体が自立できていないからです。

カンボジアには現在も数多くのNPOやNGOなどの支援団体が存在しています。
この国の発展は支援による功績が大きいとも言われます。支援立国というんでしょうか。

カンボジアは支援に頼りすぎて支援依存体質になってしまっていると、山浦さんは話してくれました。



この時に指す「支援」というのは、主に物的支援のことです。

物的支援は一時的にはその支援する地域の貧困を救うことができます。
例えば食糧不足の地域に食べ物を送ることができれば、
生死の境界にいるような人たちの命を取り留める事ができます。

ただ、根本的な原因が解決されない限りは、永遠に物資を送り続けなくてはなりません。
加えて、支援を受ける側が支援に甘えて自分たちでこの状況を改善しようという気持ちを削いでしまう危険性も孕んでいます。

この状況を山浦さんはこんなふうに表現していました。


「与えることで奪うものが、あまりにも多すぎる」と。


もちろん物的支援を完全否定することはできません。緊急性の高い貧困地域にはどうしたって物的支援は必要です。

大事なことは、貧困という問題をマクロの視点で考えて支援を決定するのではなく、
限定された地域ごとに潜む問題にフォーカスしたミクロの視点で支援方法を決定することです。
つまり適材適所の支援が必要ということです。

支援する側はもっともっとこのことについて考えなくてはいけません。
何が必要とされる支援なのか。それが支援を受ける側の目線で行われているか。支援する側やりたい支援になってないか。


これらの話も実際の現場で働く山浦さんが語ってくれました。



少し話がそれましたが、平均年齢22歳の若い国カンボジアはこれから大事な時期を迎えます。
経済の中心はアジアへ移るとも言われています。

そんなカンボジアに今必要な支援は、一体なんでしょうか?

それは支援に頼らずに発展していくための「自立のための支援」だと思います。

支援に頼らないための支援、というのも矛盾したように聞こえますが、最初の導入部分で外からの介入は必要だと思います。

また先ほどミクロの視点で〜と言いましたが、「自立のための支援」はどの地域にも共通して必要です。
まだ自立の段階に至らない地域もありますが、そこもいずれは支援なしで生活できるようにしていかなくてはなりません。



では「自立のための支援」とは一体なにか?

そのほんの一つの手段として私たちは「音楽」というものを選択し、
来る4月15日に向けてイベントの準備をしています。


イベントのテーマは、

「カンボジアにアートという選択肢を」

私たちはただ単に「カンボジアに音楽(アート)を広めましょう!」と言って今回イベントを開催するわけではありません。

先ほど言った「自立のための支援」と「音楽」は重要な関係性を持っています。

それが何なのかはここでも書きたいのですが、イベントの中で私たちから伝えさせていただきたいと思います。



読んでいただいた方、拙い文章で申し訳ありません。

では4月15日、Club Asiaへ是非足を運んでください!

イベントの詳細は追ってお知らせします。
posted by S.A.L. at 17:39 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月04日

バングラの子供たち

こんばんは!
今日、バングラデシュ組のスタツアは終了し、
昨日からインド組はインドへと旅立ちました。

今回はスタツア7日目のことを書こうと思います。
3月1日、私たちはバングラデシュのD-NETというNGOのコンピュータ教育システムを導入している小中学校 に訪問しました。


ホテルのあるダッカを離れ車に揺られること3時間。
学校に到着すると、なんと子供たちが花束を持って私たちを出迎えてくれました!

あたたかい歓迎を受けた後、先生方からお話を伺ったり、
実際にコンピュータを用いた授業や子供たちの教室を見学させていただいたりしました。

子供たちは私たち日本人に興味津々のようで、休み時間になると、
私たちのもとへ大勢の子供たちが駆けつけてくれました。


広い校庭に数百人のバングラデシュの子供たちと11人の日本人の大学生。
かけっこやクリケット、バングラデシュの歌やダンスを一緒にして、
すっかり打ちとけ仲良くなった私たち。

言葉は通じなくとも、子供たちのキラキラした瞳や笑顔に
たくさんの元気をもらいました^^



子供たちの教室を見学させていただいた時、
子供たちは肩身を寄せ合い一つの長机を4人で分け合いながら勉強をしていました。
1人に与えられたスペースはノート一冊を広げた大きさ、
そして、PC室はコンピュータが導入されているといっても、
800人の学校にたった10台です。


しかし、この学校は倍率3倍の人気校。
この学校に通えていることが子供たちの誇りとなっています。


私たちが幼稚園や小学生から受けていた教育は、日本では当たり前のことだけれど、
少し離れた国の子供たちにとっては憧れるくらい恵まれているものであるのです。

教育だけではありません。
日常的な環境から一歩外に出てみると当たり前だと見逃していた大切なことに気づかされるものです。
それがスタツアの醍醐味の一つでもあると思います。

当たり前だと無駄にしてきた大切なこと。
それを子供たちのキラキラとひかる瞳と笑顔から気づかされたような気がします。


バングラデシュでのスタツアは今日で終わってしまいましたが、
スタツア日記はまだまだ続きます^^
お楽しみに..!

【国際局 安齋春奈】
posted by S.A.L. at 23:51 | Comment(1) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月02日

バングラデシュスタツア-前半を終わって-

はい、え〜っと、バングラディッシュも三日目となり旅の疲れの為か体調不良者が続出している今日この頃って感じです。
明日から本格的にスタツアのプログラムが始まるのでそれまでには治ってほしいですね。
まあ、もう前半もそろそろ終わるのでいままでのことを振り返ろうと思います。

まず中国について、GDPで日本を抜き世界二位にまで上り詰めたという中国ですが、私はわずか二日でそのパワーを感じとることができました。決して北京や上海ではない、広州という所ですら空港、中心部といったところはスケールが大きく、まるでアメリカにいるような錯覚すら覚えました。それに加え人の多さは尋常ではなく、平日の昼間にもかかわらず混雑時の渋谷のような人通りに驚かされました。この人々が中国の巨大な需要と供給を生み出しているのかと思うとGDPで日本が抜かれてしまったという事実もうなずくことができます。
都市の中心部では交通インフラの整備、それに関連するものの電子化が進んでおりICカードはもちろん切符もパスモのようにタッチするのみと、ここでちょっと敗北感をかんじたのですが、とくに驚いたのが駅の券売機がiPadのように高性能タッチパネルを備えていることでした。「うわ、中国進んでる!」ってなんだかちょっと焦りました。
 
ただ、少し中心部から遠い駅に立ち寄るとその印象は一変します。
ぶらり途中下車みたいなノリで適当に駅を選んで行ってみたのですが、駅から降りても何もない感じ、道路は舗装されておらず、駅の真ん前にゴミ置き場が広がっていました。夏に行ったネパールのチベット難民キャンプの方がまだましだなーと思いながらぶらぶら歩いていると、(明らかにそこに住んでいる人々には不釣り合いな)大きく立派な病院があり、そこにトイレを借りるために立ち寄ってみると中身は空っぽで何もありませんでした。

ただふらっと寄った名もない駅で、中国について言及されるときによく言われる中心と地方の格差と行政の杜撰さの一端を垣間見ることができたような気がします。中国に一泊できたのは貴重な体験でした。
 

で、四万円ものお金が入った財布を落としたりe-ticketを無くしたり、色々ありましたが無事にバングラディッシュに到着して二日間観光。

多分クリケットワールドカップのせいでしょうけど、みんなテンション鬼高いです。いや、むしろクレイジーです。四方はゲイにモテモテです。すでに彼は伝説を残してくれました。

まあ買い物をしたり夜の街で人に囲まれたり色々楽しい時間を過ごしています。
観光して過ごしたこの二日間ですが、ひとつ気になったことがあります。ホテル近くのバス通りにゴミが大量に捨てられているところがあるのですが、そこに日本の国旗が描かれているゴミ収集車がありました。おそらく日本から寄付されたものなのでしょう、なんだかとても誇らしい気持になったのですが同時に二つの疑問が生まれました。
一つ目は収集されたごみはどこへ行くのだろう、ちゃんとしたごみ処理施設がないのならせっかく収集したゴミを他の場所に再廃棄するだけではないのかという疑問。二つ目はこの国の人が今一番必要なのはなんなのだろうという疑問。(ゴミ収集車も必要なのでしょうが一番ではないはずです)
明日から本格的なスタディーツアーが始まり学ぶことと疑問に感じることも多いと思います。その問題意識をしっかりと日本にも持ち帰りスタツアに行けなかった人や新しく入ってくる一年生にも伝えていきたいと思います。

【渉外局 白川弘樹】
posted by S.A.L. at 02:49 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月26日

バングラスタツア3日目

こんにちは!
広報局1年飯野僚子です。
スタディーツアーは3日目を迎え、昨日からバングラデシュに滞在しています。

今バングラではクリケットのワールドカップが開催されていて、
街にはバングラチームのユニフォームがあふれています^^
今日はバングラ対アイルランドの試合があり、
滞在先のホテルでは従業員さんも仕事そっちのけでテレビを囲んでいました!!
(ちなみに結果はバングラの勝利で、勝利の瞬間従業員さんは歓喜のダンスを見せてくれました。)


ところで、みなさんは海外で旅をするときに、目標を立てることはありますか?
私は、今まで目標を立てて旅をすることはなかったのですが、
2回目のスタツアということもあってちょっとした目標をたててのぞんでいます。

それは「現地の人と近い食事をすること。」です。
本当に小さな目標ではありますが、食事はその国を知る上で本当に大切な要素だと思います。


スタツア2日目は中国の広州で過ごしたのですが、そこでは色々な食べ物を食べることができました。
日本でも人気のある小龍包や水餃子はもちろん、決して日本では食べることができないようなものまで。

屋台の並ぶ通りを行くと、鶏の足先が売っていたのです。
例えが悪いですが、まるでE.T.のよう。
衝撃的な見た目なので食べるのを躊躇してしまいましたが、
広州の屋台でよく見かけたために皆で食べることにしました。

買った足先をみんなでこわがって騒いでいると、周りの人々は不思議そうに私たちを見ていました。
よく、外国から来た人が生の魚を好まないことに驚くことがありますが、それに近いものなのでしょうか。

そして恐る恐る目をつむりながら食べてみたのですが、
以外にもいけるもので自分でも驚いてしまいました。


他にも、中国語表記のメニューでよくわからずに注文したものが、
食べたあとにカエルであることが判明したなどの事件もありましたが、
現地の人と同じ食事をすることで、中国がとても身近なものに感じることができました。

少し値の張るレストランでゆっくり食事を楽しむのも素敵な旅の一つかもしれませんが、
屋台で値段交渉をしたり、現地の人とコミュニケーションをとりながらする食事は、
その国のありのままを好きになるとてもいい機会だなと強く感じました。


スタツアは4日目を迎えますが、今日も屋台でおいしい食事をとりたいと思います^^

posted by S.A.L. at 04:09 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広州の、ある街のこと


バングラデシュからこんにちは。

広報局1年の近藤まりこです。



飛行機の乗り継ぎで1日だけ過ごした
中国・広州で目にしたある街のことを書こうと思います。


繁華街で昼食をとったあと
(次回の飯野のスタツアブログ参照)、

地下鉄で移動して適当な駅を選んで下りました。



新しくて清潔な駅を出てバイクタクシーを断っていると、
角ばった2階だての建物群が目に入りました。


1階は大きな商店の看板が出ているのに殆どのシャッターが閉まり切っており、
2階は何もなく誰もおらず、がらんとした空間でした。


そこから少し進むと、
ごみが散乱した用水路があり、ガスのような気泡がぷつぷつと浮かんできていました。


何か不思議なところだな、と思って歩いていくと、
大きな病院が現れました。

日本にある一般的な総合病院の倍はあるスケールです。

綺麗に刈り込まれていただろう植え込み、
白いコンクリートのロータリー、
ガラス張りの外観。


お手洗いを借りようと、
そこに入っていくことにしました。


しかし、建物の入口に近づくにつれ,
その病院が営業しなくなってからかなり経っていることが分かったのです。


会計の受付もがらんどうで、エスカレーターも止まったまま。
まるで工事中のようでした。



近くでは、背の高い建物がどんどんと取り壊されていました。

開いている商店や家並みにも活気はありません。


開発しきらなかった虚しい街、という印象をもって駅へと帰ります。


すると、違う道を通ったためか
格好良くデザインされた高級マンション群があり、
整備された道路が伸びていました。



駅に着くと、行きには気づかなかった
周辺地図が掲げられていました。

そこには駅と病院、近くの学校を中心とした
緑豊かな郊外都市が美しく描かれていました。


すかすかの建造物群と、
実際の状態とは大きく異なる絵図。

そこには歪んだ街の姿がはっきりと映されていたように思います。



ここバングラデシュで訪れた場所でも、
街はあちこち歪んでいます。


日本のどの街にも、歪みはあります。
見つけようと思えばすぐに思いつくでしょう。

しかしその歪みをいつも目にしているために、
気づくことは難しくなっている気がしてなりません。



誰が何のために、どうやって生んだ歪みなのか。

誰がいつ何をすることによって直るのか。



きっと自分だってその街のかたちを変えるその「誰」の一員なのだろう、
と眠い頭でぼんやり感じながら、

旅は続きます。

それではおやすみなさい。

23:36 25/02/11
from Dhaka, Bangladesh
posted by S.A.L. at 03:11 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月25日

バングラデシュスタツア 1日目

こんばんは!
S.A.Lイベント局1年の四方岳です。
  
僕たちは昨日から3月4日までのバングラデシュ・スタディツアーに出発しました。
これから毎日メンバーでスタツア先での出来事をブログで報告していきたいと思います。

日本からバングラデシュへは直行便がないので、昨日は経由地の中国・広州に一泊して今日バングラデシュに出発しました。

本当は23日中にブログを書く予定だったのですが、少し事情があり遅くなってしまいました。今日はその事情について書きたいと思います。

昨日現地時間の10時過ぎに広州に到着した僕たちは多くの観光客がそうするようにタクシー3台で予約していたホテルに向かいました。

タクシーの運転手が自信たっぷりに車を飛ばします。気付いたのは、中国の道路がとても広いことと、車線変更の時ウィンカーを2回に1回しか出さないことです(笑)

40分くらいでホテルに到着しましたが、僕たちは気づいてしまいました。「あれ?ホテルの名前違くね?」   はい、漢字が一文字違っていたんです。漢字の本場なのにそこ間違えないでください(;_:)
僕たちはここで引いたら負けだと思い交渉に入りました。本当は空港から25元程度で行ける場所だったのですが、運転手たちはなんと間違えて移動してきた分も含め200元を要求してきました。「いや、間違えたのそっちじゃん」と応戦しましたが、向こうもなかなか引いてくれません。

しかも運転手たちは英語が通じず、挙句ホテルの責任者が出てきて僕たちの主張を通訳する騒ぎになってしまいました。
1時間以上に及ぶ交渉の末、100元で手を打つことにして、5分で行けるホテルに2時間以上かけて到着しました。

正直、早速日本と海外との感覚の差に圧倒されました。逆に、なかなかない面白い経験ができたとも感じています。
今日のトラブルを考えると、まさに今回のスタツア、前途多難だなあ…と感じましたが、同時にバングラデシュでも日本では経験できないことにたくさん出会えるんだろうと期待も膨らんでいます。
posted by S.A.L. at 05:46 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月22日

2011はるスタツア

こんばんは、広報局長の久保ななみです。
身が縮こまるような寒さの日もだんだんと少なくなり、すこしずつ春が近づいている気がしますね。


大学生は春休みまっただ中。
学生のみなさんはそれぞれ思い思いの休みを満喫していることかと思います。


わたしたち学生団体S.A.L.のメンバーは、毎年夏休み/春休みにスタディーツアーに出発しています。


今年の春休みは3つのグループがそれぞれのスタツアへ。
目的地はカンボジアとインドです。


S.A.L.のメンバーが現地でなにを見て、なにを感じるのか。
わたしもみんなの話を聞くのが今から楽しみでしょうがありません!


現地からスタツアメンバーがブログを更新するので、ぜひぜひお楽しみに(^^)


***


それでは、今回の3つのスタツアについて簡単にご紹介します。


▽カンボジア
 ★【LIVE&PIECE 3rd:Art Planet】
わたしたちS.A.L.は来る4月15日(金)に渋谷club asiaにて、チャリティライブイベントLIVE&PIECE3rdを開催します。今回のイベントの支援先は支援立国カンボジアで「音楽」という選択肢を創ろうと活動しているArt Planetです。(Art Planetについてはこちら→http://artplanet.jugem.jp)そのArt Planetを訪ね、4月に行われるイベントに向けてインタビューと勉強をしてきます。そしてLIVE&PIECE3rdでは今回のスタツアの様子もみなさんにお届けします!


★ 【慶應義塾高等学校・慶應義塾未来先導基金プロジェクト】
 塾高生と大学生の連携プロジェクトとして立ち上がったカンボジアへのスタツアに(カンボジアエキスパートの)S.A.L.元代表の森島、簱智そして現代表の重田が引率者として参加します!このスタツアへの高校生の参加者は15人。トゥールスレン収容所の見学、S.A.L.がいつもお世話になっているメイクザヘブンカンボジアの訪問などなど内容盛りだくさんです!



▽ インド
★ 【Focus on Myself:インド写真展】
Focus on Myself(FoM)は去年の夏、インドのプリーでプロジェクトを実施しました。(FoMについての説明や活動などはこちら→http://sal.seesaa.net/article/162218815.html http://sal.seesaa.net/article/162873344.html)たくさんの子どもたち、そしてユニークな現地の方々に協力していただいてプロジェクトを無事成功することができました。その恩返しとして、今回FoMのメンバーがインド・プリーで写真展を開催します!同時に日本の紹介もしちゃいます。FoMは5月に渋谷ルデコにて写真展を開催予定です。こちらでも今回のインド写真展の様子をお伝えする予定なのでぜひお楽しみに!


* **


さて。


いよいよ明日、カンボジアとインドへS.A.L.メンバーが旅立ちます!
それぞれにとって実り豊かなスタツアとなりますように。


みなさんにもスタツアの様子を現地からどしどしお伝えするのでお見逃しなく(^^)
それでは気をつけていってらっしゃい!

posted by S.A.L. at 23:26 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月25日

カンボジアスマイル

1年の杉本将太です。
先日、約1週間のカンボジアスタディツアーを終えて無事帰国しました。

今回のスタディツアーで一番印象に残っていることは、カンボジアの子供達の笑顔はきらっきらに輝いていた、ということです。とても綺麗な笑顔をしていたのです。

確かに、目をそらしたくなるような現実もたくさんありました。衛生環境の酷さ、地雷の被害で足を失ってしまった人々の苦しみ、親を失った子供達、職がない大人たち。道路の排水状況は非常に悪く、少し雨が降るだけでまるで洪水かのように水がたまります。
私たちがプロジェクトを行ったバサックスラムは私が想像していた以上の「スラム」でした。地面はゴミとほとんど一体化していて、ぬかるんでいました。そんな地面の上には、強風が吹いたら飛ばされそうな家がびっしりと並んでいました。

だけれども、そんなスラムの中にいる子供たちでさえ輝く笑顔を持っていたのです。
あぁ、これが話に聞いていたことなんだとわかりました。感動しました。

***

カンボジアに入国して2日目。車に乗って停車していると、物売りの子供がやってきました。窓越しに必死でなんだかよくわからないものを売ろうとしていました。私たちは何も買わずに進みました。その子供は、遠ざかる私たちに素敵な笑顔で手を振っていました。カンボジアは私にとってとても不思議な国でした。

あの子の1年後は?10年後は?50年後は?
毎日お腹いっぱいご飯を食べれるだろうか?けがや病気はしないだろうか?仕事はしっかりとみつかるのだろうか?家族は?


上から目線とかそんなんじゃなくって、単純に幸せになって欲しい!そう心から思いました。



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2010年09月24日

インドスタツア「サヴァディスタ!」活動報告

こんにちは!国際局1年であり、スタディーツアーインド組・プロジェクト「サヴァディスタ!」所属の高田湧太郎です。
サヴァディスタでは食糧問題をテーマに据えて、インド東岸の街にありヒンドゥー教の聖地のひとつでもあるプリーにて、食にまつわる様々な活動などを見学してまいりました。

食糧問題と聞いたときに、皆さんはどんなイメージを頭に思い浮かべるでしょうか。
僕の頭のなかにステレオタイプな固定観念としてあったのは、アフリカ(特にサヘル地方)においてみられる飢餓の光景でした。
乾燥や伝染病の影響で農業もままならない。かといって貧困から食糧も輸入できない。あたりは、腹はふくれているのにあばらが生々しくも浮かんでいるような、そんな子供たちであふれている。そんな光景です。

しかし、プリーではそのような光景は見られません。
食糧が絶対的に不足しているということは決してなくて、街を歩けばそこらじゅうで食べ物が売られているし、レストランだって山のようにあります。
僕がプリーの郊外にあるスラム(貧民街)を訪れたとき、そこの住民の女性たちがとても太っていたということには、多いに驚かされました。

しかし一方で、プリーでは政府やNPO、そして寺院による食糧配給の支援もなされていました。
このことは、支援なしでは食事にあずかれない人々が存在するという事実の裏付けであるということができると思います。

では、プリーに存在する食糧問題とはなんだったのでしょうか。

それは―ここからは我々の推察も含まれますが―社会格差から生まれた食糧問題ではないのかと思います。
よく知られるように、インドという国はカースト制度の国であり、各々の社会的身分が厳格に定められた国であります。
貧富の差も著しく、きらびやかなアクセサリーを身につけて外車を乗り回す人もあれば、物乞いをして1日を凌ぐ人もありました。
前者の人々の存在によって、表面的には食にあふれているように見えるが、しかしそれゆえに、陰に存在する後者の人々の事実が顕在化しにくい。
そんな「見えない食糧問題」こそがインドの抱える食糧問題だったのではないかと、私たちは考えたのです。

この食糧問題に関する更なる考察についてはまたの機会に譲るとして、今回はプロジェクトの総括として、この一連の流れのなかで僕が感じたことについて述べたいと思います。

それは複眼的な思考というものの重要さです。

人はどうしてもステレオタイプな常識にとらわれてしまいがちです。
そしてそれらは得てして情緒的で、実際との間に齟齬が存在することがままあります。
そしてこの常識に囚われているがゆえに、時に人は見当違いな方向に進んでしまうものです。

だからこそ、私たちはつねに、いま持っているものと別な視点から、私たちの常識を批判・検証しつづける必要があると思うのです。

これは私たちが常に持ち続けるべき精神でありますが、しかし一人では限界もあります。
だからこそ、常に外部からの視点をぶつけてくれる、そんな他者との対話が重要になってくるわけです。

今回の件でいえば、少なくとも僕は食糧問題というテーマについてひとつの常識に囚われていました。
しかしながら、会議のなかで先輩からこれまでと違う視点を提案されたことにより、今まで見えてこなかったものが見えるようになりました。

このように、対話によって知の外部参照ができるような環境は、知的活動をする人間には欠かせないものです。
そしてそんな対話の場として学生団体をとらえたとき、学生にとってそこで活動することはとても意義深いことに思います。

こうして、学生団体の持ちうるグループジーニアスというものの可能性を再確認させられた旅でした。
posted by S.A.L. at 02:24 | Comment(2) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

カンボジア取材プロジェクト班

広報局の松本です。
僕たちカンボジア班は、18日夜にプノンペンを発ち、19日の昼に日本へと戻りました。
長いようで、やっぱり短かったカンボジアでの6日間。

今回のカンボジアが、僕にとっては初めての海外でした。
それだけに、特に健康面での不安は大きかったのですが、何事もなく無事プロジェクトを終えられました。
(実は、帰国の飛行機で発熱してしまい、成田空港で点滴を打って寝込んでしまったのですが、、、一応カンボジアは出発した後なのでノーカウントということで。笑)

というわけで、今日はカンボジアでの活動を振り返りつつ、僕たちのプロジェクトについて紹介したいと思います。
本当は現地で書ければ良かったのですが、あまりネット環境が整っておらず、たよりにしていたホテルのPCも使いものになりませんでした。
電気も自国でつくらずにベトナムなどから買っているようですし、まだそういった面での整備は進んでいないのかな、という印象です。

さて、プロジェクトですが、僕たちの班の目的は、現地調査と問題発見です。
現地で活動する支援団体や、都市・農村で暮らすさまざまな立場・年齢層の人々を取材し、その結果を日本に持ち帰って分析。
そしてそれをもとに問題発見を行い、SALの活動や次以降のスタディツアーに役立てたり、ネット上で公開したり、という形を考えています。

具体的には、訪問させていただいたのは、
・かものはしプロジェクトさん:人身売買に関する活動・農村女性の職業訓練所
・JVCさん:(カンボジアでは農業支援)
・VCAOさん:子供たちの職業訓練所

取材させていただいたのは、
・アンコール遺跡付近の物売りの子供たち
・プノンペン市内の市場の商売人の方々
・プノンペン大学の学生さんたち

となっています。
これらの取材の結果は、今後の会議で何度かアウトプットの方法を煮詰めたのち、何らかの形で発表することになると思います。

さて、ここからは個人的な話も少し混ざりますが、今回の取材で思ったことなんかを、少し書きたいと思います。
1週間近い滞在だったため、もちろんいろんなことがありました。
いろんなことも感じましたが、その中からプロジェクトと絡めて、一つだけ書いてみます。

僕が今回持ち帰った疑問・課題の中でもっとも大きかったもの。
それは、カンボジアの方から聞くカンボジアの現実と、現地で働く日本人の方から聞くカンボジアの現実の間にあるギャップです。

たとえば農村の人々やプノンペンの学生。
どちらに聞いても、「貧しいけど家族がいるから大丈夫。家族のために働く。」と答えます。
お金はないけど、でも食べてはいけてるし、周りも貧しいから平気だ、ということらしいです。
それを聞いたとき、「ふーん、そんなもんか。」と軽く納得しました。
下調べの段階で食料自給率が比較的高いことはわかっていたので、まあ貧しくとも餓死はないのかな、という気がしていましたし。

しかし、支援団体の日本人の方々の話を聞くと、どうもそんなこともないらしいのです。
法律や経済の観点でみると、農家の現金収入の不足、地域格差、都市部の地価高騰、政府のみ利益を得る農業立国という幻想、単なる搾取と化したマイクロファイナンスの実態などなど、数えきれないほどの不安要素があるのだと。

でも、彼らはそれでも、彼らの尺度では幸せなんじゃないのか、と僕は聞いてみました。
返ってきた答えを要約するとこんな感じです。
「日本の人が来てアンケートっていう形だったから、簡単に言えば良い顔しようとしちゃった部分はあると思う」

なるほど、と思うと同時に、
「家族のために」という、模範解答的にも思える彼らの回答は、実は彼らの思いや考えのすべてではなく、複雑なものの中の一部分でしかないのではないか、
本当の意味でに現地の人に取材をするなら、一問一答式のアンケートのような形ではなく、現地の生活に溶け込んだ濃密な信頼関係からなる対話がまず必要なのではないか、
そんな疑問と後悔が一気にわきあがりました。

日本に居てはわからないことを知るための、今回の取材プロジェクト。
もちろん、大きな収穫がありました。
しかしそれ以上に、1回だけの訪問、それも1週間程度ではまだまだ見えてこないものが多い、ということもわかってきました。

でも、現地の声と詳細なデータ、ミクロな視点とマクロな視点を常に抱えたまま、その矛盾点を見極めつつやっていくことは方向性としては間違っていないのかな、という自信も少し持てました。
とにかく今は、早く持ち帰った成果をSALの中で共有して、たくさんの発見を生み出せればな、という感じです。

少し長くなってしまいましたが、以上です。
なんだかまとまりのない報告になってしまいましたが、、また進行状況を報告していけたらと思います。

ではでは、失礼しました。
posted by S.A.L. at 18:46 | Comment(3) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

母なるガンガーを前に


インドなんて二度と行きたくない・・・


そう思ったつい先ほどの1500ルピー(3000円)を騙し取られた瞬間。


今はプロジェクトを無事に終えヒンドゥー教と仏教の聖地ヴァラナシにいる。

目の前には母なるガンガーが流れ多くのヒンドゥー教徒が沐浴をし

火葬場では人が焼かれ町には絶え間なく煙が上がっている。

一昨日までいたプリーより道は牛の糞とゴミが散乱し

これぞ自分が想像していたインドという光景が広がっている。

このヴァラナシこそが自分にインドに対して嫌悪感を感じる考え方に転機を与えてくれた町である。


ここで自分が1500ルピー(3000円)を取られた話しを簡単にしたい。

自分はインド組メンバー2人と火葬場で人が焼かれるのを目の当たりにしていた。

そうすると火葬場の関係者と名乗るインド人がやってきた。

「ここは家族しか立ち入ることができません。観光客はあそこの建物から見てもらっています。」と言う。

そこで自分たちはこのインド人に案内されその建物の中の通された。

彼は別れを告げそこに待っていた別のインド人が自分たちさらに案内する。

火葬場を遠目で見る自分たちにこの者は火葬場、シヴァ神、カルマなど様々な事を教えてくれた。

そうしているとふいに自分たちの隣に一人の老婆が現れ座り込んだ。

彼が言うにはこの老婆の前に座り自分と家族の名前を彼女に告げると幸福が訪れるという。

自分たちはその通りにやった。

すると彼は火葬場で人を燃やすために必要な薪代1500ルピーを要求してきたのだ。

いつの間にか新たなインド人5、6人に囲まれ恐怖と宗教が絡んでいるという理由から自分たちは敢え無くその金額を払ってしまった。

これが自分を冒頭の気持ちにさせた最大の要因である。

それまでちょくちょく騙されてはいたがここまで高額で断ることのできない状況に陥れさせられたのは初めてだったのだ。


心を落ち着けるため宿泊しているホテルの屋上でガンガー眼下にチャイを飲んでいると

冷静になったのかある気持ちが湧いてきた。

こう騙そうとしている人たちも生きるのに必死なのだと。

彼らにとってはしょうがないことなのだと。

仕事がなかったり家族を養わなければならなかったりと様々な環境が彼らを生み

騙し取られた金は社会の中のサイクルに入りまた新たな環境を形作り

そうして日々世界は周り弱者は少なからず生きているのだと。


そう考えているとインドという国に対する嫌悪感は一切消えていった。

これは宗教心のない自分をなんともいえない力で自分の心をを引きこむガンガーと

自分の体内に広がった一杯のチャイが自分の心をある意味沐浴してくれたのかもしれない。


最後にヴァラナシで出会った一人の青年の言葉を紹介しよう。

「一つの国は1週間ではわからない。一つの町は1日ではわからない。」

自分の人生で最低で最高に魅力的な国、インド。

また訪れよう。

新たな刺激を求めていつか知り尽くしたと言えるように。



母なるガンガーを背におよそ20時間の陸路のネパールへの旅がこれから始まる。

【文責 広報局1年瀬谷健介】
posted by S.A.L. at 05:34 | Comment(3) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月18日

青い鳥。

 特別な経験をしました。

 日本では知ることのできない、まざまざとした現実が僕の目の前にありました。

 屋根のない天井。
 ボロボロのTシャツ。
 屋外垂れ流しのトイレ。
 家族を養う為の低賃労働。

 そんな現実です。


 プリーでの出来事。
 一人で、街中を出歩ける機会がありました。
 目的もなくブラブラとしていましたが、知らない街並みに心が浮き上がるようで飽きなどきません。
 さらに、滅多に見かけない日本人が珍しいのか、道行く人道行く人、皆話し掛けてき、それに対し、片言の英語で返すのが、これまた楽しく、心踊りました。

 そんな中、一人のインド人が話し掛けてきました。
 些細な挨拶から徐々に話が盛り上がり、有難いことに僕を自宅に連れて行ってくれることになりました。

 少しばかり歩き、家に到着。
 彼の母親と兄に挨拶をし、中に案内されました。



 驚きました。

 中に入って目にしたのは、半分屋根のない天井と上半分を失った壁。
 穴の空いた壁の向こう側には、無造作に生えた雑草と木々。
 あたかも廃墟のような自宅。

 どうやら水害にやられたそうです。

 父親は既に鬼籍に入り、母親は年老い、二人の兄は仕事に就けず、妹は嫁いでしまった。
 そんな家族の中で、唯一収入があるのが、僕を招待してくれた彼。

 収入があるといっても、一定の収入が保証されているわけではなく、雀の涙ほどのちっぽけな額。
 そんなわずかな収入で家族を養う為、家を修繕する金などなく、日々の生活で手一杯。

 客観的に、且つ、日本人視点から見たら、不幸な生活です。


 しかし、彼はこう言いました。
 「君は私のことが不幸に見えるかも知れないね。
  だけどね。私は幸せなんだよ。


  家と家族があるのだから。」と。
 
 本当に幸せそうな顔で彼は言いました。
 幸せを口一杯に頬張り、じんわりとかみしめているような顔で。

 僕たち日本人にあんな幸せそうな顔ができるでしょうか。


 例えて言うならば、日本人はチルチルとミチルなのかもしれません。
 身近な幸せに気づけず、夢の中を幸せを見つける為、彷徨い続ける。

 身近な幸せの大切さ。
 そんなことを教えてくれた、貴重な体験でした。



 最後に。
 彼には一つ夢があるそうです。
 それは、
 いつか日本に行き日本の地面に口付けをすること。

 彼が日本を訪れるいつかその時、我々日本人が幸せ一杯の笑顔で彼を迎えられますように。
posted by S.A.L. at 19:28 | Comment(4) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月15日

先生と生徒


こんにちは!広報局1年の飯野僚子です。

体調を崩すこともなく無事にスタディーツアー5日目を迎えることができました。
インドでの生活は驚きの連続で、とても充実した時間を過ごしています。



現在、私はプリーというオリッサ州の都市に滞在しています。
とても親切な人ばかりで、居心地のよい場所です。
そこでは写真を使ったFocus on Myself というプロジェクトと、
食にフォーカスしたサヴァディスタというプロジェクトを2組に別れて進行しています。

今日は、私が参加しているFocus on Myself(FoM)プロジェクトでの出来事をお話したいと思います。


私はこの3日間C.S.アカデミーという学校にお邪魔させていただきました。
子どもたちに向けてカメラの使い方を説明するためにインド人の先生に協力をしていただいたのですが、
日本とインドの教育の仕方があまりに違うので衝撃をうけてしまいました。


私たちがカメラの使い方をジェスチャー交じりで説明していると、じゃれあっている男の子たちがいたのです。
11歳くらいの男の子。やっぱりどこの国でもやんちゃ坊主はいるのだなと思った矢先に先生はその生徒を叩いていました。

日本ではこのような光景をみたことがなかったので、叱られていない私もびっくりして背筋が伸びてしまいました。

その後も少しでもお喋りをする生徒がいると先生は「うるさい!」と声を張り上げて叱っていました。

事前に打ち合わせをしたときの穏やかな先生とはまったく違って別人のようでした。



最初はこの光景を受け入れることができませんでした。
今の日本では先生が生徒を殴るなんてあり得ないことなのに、こういう教育が「まだ」存在するのか!と驚いてしまったのです。

でも3日間インドの「先生と生徒の関係」を見てきた今はこの過激に見える教育も大切なスキンシップの一つと言えるような気がします。


なぜなら、どんなに叩いてもどんなに強く叱っても子どもたちは先生が大好きで、とても尊敬をしているからです。
校長先生が登場すると子どもたちは嬉しそうに駆け寄って、先生の足元にひざまづいたり、
自分が撮った写真を嬉しそうに見せたり‥。
本当によい関係が築けているように見えました。


今の日本に学校の先生を心から尊敬して信頼する子どもはどれくらいいるのだろうか。

そんなことをふと考えて寂しくなってしまいました。


今の日本は、殴ることはもちろん強く叱ることもしない先生が存在します。
確かに生徒に手を挙げてしまうのは良いこととは言えませんが、
悪いことを悪いと教えない、子どもと親に遠慮しすぎる日本の教育は違うと改めて感じました。


日本とインドを比べると、どうしても日本のほうが発展していて優れているような気がしてしまいます。
でも、インドから学ぶべきことも十分存在するのではないでしょうか。


インドのスタディーツアーは残すところあと1週間。
色々な経験をして、改めて日本のことを見つめてみようと思います。


posted by S.A.L. at 20:04 | Comment(3) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月11日

いざ、スタディツアーへ

こんにちは、広報局の久保七生です。


今日9月11日、わたしたちS.A.L.のメンバーはインドとカンボジアへ、スタディーツアーに出発します。


今回のスタツアでは、カンボジアとインドへ赴き、それぞれ現地でカンボジアは3つのグループに、
そしてインドは2つのグループに分かれてプロジェクトを実施します。


▽カンボジア
カンボジアでは、日本とカンボジアの子ども達をTシャツで繋げるプロジェクト、
カンボジアの色々な人たちにインタビューを行うプロジェクト、そして地雷原でドキュメンタリーを撮るプロジェクトが行われます。
ドキュメンタリー班は一足先に出発し、すでに現地でドキュメンタリーを撮っています。
(ブログ:http://sal-asce.blogspot.com/

▽ インド
インドでは、農業体験などを通して食糧問題について学ぶプロジェクトと
日本とインドの子ども達に写真を撮ってきてもらい価値観の変化を計るプロジェクトが行われます。


詳しいプロジェクト内容や活動報告は、これから更新されるスタディツアーブログをお楽しみにしていてください!☆



さて。


今回はインドで行われる、
写真を使ったプロジェクト「Focus on Myself」についてお話したいと思います。

Focus on Myself(「FoM」)は、日本とインドの子ども達にインスタントカメラを配り、
テーマにそって写真を撮影してきてもらい、価値観の変化を計るというプロジェクトです。

FoM開始当初から変わらない、子どもに与える3つのテーマ。
「たいせつなもの」
「生活の中でつらいこと」
「自分の国の紹介」

今回は新たに、
「日本人に伝えたいこと」
という質問を増やし、子ども達に問いかけてみることになりました。


これまで日本で1回、そしてカンボジアで2回、同じプロジェクトを実施し今回のインドで実施3回目となる、「FoM」。

果たしてインドの子ども達はどのように考え、写し、伝えるのでしょうか。
そしてそこから私たちは、なにをどのように感じるのでしょうか。

新たな発見、そして学びが、そこにはあると思うとわくわくします。


写真はその場面を、空間を、空気を切り取ります。
“写す”側は何気ない日常を切り取り、カタチにする。
“見る”側はその切り取られた絵を見て、ソウゾウする。

一枚の写真の中にはたくさんのエピソードが込められている、そんな気がします。

子ども達のたいせつなもの、わたしたちのたいせつなもの。
沢山のたいせつなもので溢れて、きっと宝箱のようなプロジェクトになる。

そんな思いを抱きつつ、今日わたしたちはインドに旅立ちます。

これから、メンバーが現地よりお届けする報告にご期待ください!
posted by S.A.L. at 10:25 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月09日

Live from India,Delhi 2

IMG_2206.JPG

こんにちは!

法学部政治学科2年の深瀬詩織です。

佳歩に引き続き、インドからの更新です!

私たちは、今日デリーでいよいよ最終日を迎えています。

10日間本当にあっという間で、ありきたりな表現だけど

長かったような短かったようなそんな感じです。


今日はデリーの南、チェンナイで私たちが行ったワークショップの

模様を含め、お伝えします。



チェンナイの気候は日本の真夏を連想させる暑さで、連日30度を超え、

歩くだけで汗が流れます。

そんな中、スラムの子どもを集めたニルヤマ・ニラヤム幼稚園では

小さな子どもたちが元気いっぱいに登校しています。


WSでは、人型の画用紙に自分の絵を描いてもらい、自分の人形を作って

もらいました。

人形は私たちと一緒に旅をしながら、最終的には事前に日本の小学生

に作ってもらった人形と一緒に冊子にして子供たちにプレゼントするこ

とになっています。


幼稚園の子供たちは、普段は小さな黒板のようなものを使って読み書き

の勉強をしています。そのため、クレヨンはあまり使ったことはなく、

最初はクレヨンを握ったまま戸惑った様子でした。

しかし、次第になれてくると一生懸命に自分の人形を作ってくれました。

インドの子供たちはとても素直で、言葉がわからないながらも

身振り手振りで伝えようとすると、首を左右に揺らしながら

聞いてくれます。(インドではYESの意味だそうです)


最後に子供たちにノートとペンをひとりひとりにプレゼントしたときに

飛んで喜んでくれた子や、あとでスラムを訪問した時にプレゼントした

ノートを抱えていた子もいて本当に良かったと思いました。


スラムはとても活気があって、そこで生活している人はいきいきとして

いました。

しかし、衛生的にも問題はあるし、私たちが表面的にみただけだと気づ

かない多くの問題を抱えていると思います。



私はインドに来て多くのことを感じ、考えました。

今ここに書いて報告できるほど私の中でまとまっているわけでは

ないのですが、日本に帰ってもう一度よく考えてまたブログで報告

したいと思います。


残り数時間、めいいっぱい色んな事を感じてきたいと思います。

posted by S.A.L. at 16:06 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月07日

live from India,Delhi

おはようございます!広報2年の木本佳歩です。


今回はインド、デリーからの更新です!


インドについてから早7日も経ってしまいました。

今回はインドスタツア10日間の旅です。
前半四日間は南インドのチェンナイ、残り半分をデリーで過ごしています。


私はインドに初めて訪れるのですが、
インドのイメージといえば
映画「スラムドック・ミリオネア」で出てくるような街並みを想像していました。

一見東南アジア諸国と似ているようで、また違ったように思えます。


道路は整備されていないし、路頭に迷う人や物乞いをする子供、車をかき分けて窓から物売りをする人たちなど

以前フィリピンに訪れた時と同じ光景を見ました。

でもインドでは、貧富の差がはっきりしていながら、入り混じっているようです。

こういう表現をするとわかりづらいかもしれないですが、

豊かできっちりとしたシャツやズボンを着て歩いている人と、
貧しくって家もどこにあるかわからないような人が同じ町の一角で共存しているのです。

デリーでは更に観光客で溢れています。

インドは、IT国といわれながら、環境汚染、難民、貧困、宗教など多くの問題が渦巻いているようです。


成長を見せながらも、問題を抱え続けているようで
なんとも複雑な気分です。


そんなインドの残りの四日間を楽しみたいと思います。


ではた!

posted by S.A.L. at 14:04 | Comment(1) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月04日

From Tibet, Lhasa.

代表のはたちです。いまチベットのラサにいます。

らさの標高は3700m、空気の薄さにまだ慣れませんが、高山病にはならずにすみました。

ついったーで現地レポをしようとしてたのですが、
どうやらチベットからは繋がらないようです。

ラサの街並みは中国そのもので、話されている言葉も中国語。
ポタラ宮殿の上には中国国旗がひるがえっていました。

街中と、お寺の要所要所には人民解放軍と公安警察の姿が目立ちます。2008年の暴動以来、特に僧への監視が厳しくなっているそうです。

あした、らさから離れたしがつぇという街にいきます。
小学校に行き、Focus on myself projectを行う予定です。

チベットのこどもたちが、どんな写真を撮ってくれるのか
いまからとても楽しみです。

それではまた。
posted by S.A.L. at 23:16 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月21日

スタツア前に

僕は来月、3月16日からスタディツアーに出かけます。

今回のテーマは「地雷」。カンボジアとベトナムでツアーを実施します。
今回のスタディツアーに向けて、NPO訪問なども含めて少しずつ勉強してきました。

今回はその地雷について、ちょっと考えを深めてみようと思っています。


現在、世界中に放置されている地雷は、およそ6000万個。
想像することさえ難しい量ですが、6000万個という数字ですら正確な数字とは言えません
国際的なシチュエーションにおいて地雷に関しての情報はどの国にとっても国防における重要なファクター。
そのため、多くの機関が発表しているデータには大きな隔たりがあります。
この情報の不透明性が地雷撤去活動の大きな足かせになっていることは言うまでもありません。



地雷に対して国際的な条約の1つにオタワ条約があります。
オタワ条約とは対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約。
つまり、地雷をこれ以上増やさないことを国際的に取り決めようとしたものです。
しかし、米国や中国、ロシア、インドなど、世界有数の保有国かつ輸出国である国々が締結国に加わっていません。
また、この条約だけでは紛争地帯での地雷被害防止に役立っていないとも言われます。

こういった状況を考えると、国際的な視点で地雷撤去に本腰を入れて取り組んでいるのか疑いたくなります。




地雷には多くの「二つ名」が存在します。

1つに、地雷は「悪魔の兵器」と呼ばれます。
その所以は様々ですが、地雷が「人に障害を残す」ことを目的とした兵器であることこそ、最大の所以であると思います。

また、地雷は「貧者の守護神」とも呼ばれます。
その所以は地雷がかなりの安価で設置できること、また地雷が敵国にもたらす経済的波及効果が莫大であることと言われています。


ここまで地雷に関しての多くの現実をぶつ切りにして並べてみました。

しかし、これらの現実はまだ僕にとって「情報」でしかありません。
しかも、本や人物から伝え聞いたことにすぎません。


今回のツアーではこれらの現実を「結びつける何か」を探しにいこうと思っています。
今回のツアーではプロジェクトは実施しません。その分以上にスタディに徹してこようと思います。

そこで得た何かを、またこの場で発表したいと思っています。

それでは行ってきます。
posted by S.A.L. at 21:44 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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