2011年09月10日

魅力大国 インド

インドスタツア。

今回訪れた都市は首都でもあり観光客が多く一番にぎやかなデリー、ガンジス川がありヒンドゥー教と深く結びついている聖地バラナシ、タージマハルが有名なアーグラ、ピンクシティーとも呼ばれ王室と共に歩んできた街ジャイプール。
それぞれの街に特色があり感じ取れるものや考えさせられる事は様々だった。インドはとにかく汚くて臭くてうるさい国だが魅力の方が遥かに優っていた。今回の滞在によってインドという奥深い国を知る出発点に立てた気がしている。


今日、経済成長真っ只中でBRICsの一つとして数えられ世界から注目を浴びているインド。
そんなインドを訪れまず感じた事。それは人々の勢い。とにかく圧倒されてしまった。人々そして街全体が生き生きとしていた。人々はとても濃い日々を過ごしている様に感じ取れずにはいられなかった。この国民の勢いにはヒンドゥー教が影響している様だった。インドにはカースト制度が深く根付いている。ヒンドゥー教の根本的概念である輪廻転生の教えに「現在の人生の結果によって次の生で高いカーストに上がることができる」というものがある。これがインドの人々そして街の勢いを生み出しているのだと思う。日々を必死に生き来世でよりよいカーストになる為人々は精一杯生きている。だから勢いがある。ただカーストは生まれてからは変える事が出来ずまた親のカーストを受け継ぐ。そのため子供が将来就きたい職業に就けない非情な現状もある。しかしこの現状は国際的に批判されていようがきっと変わらないだろう。
なぜならインドの人々はヒンドゥー教と共に生きているからだ。言葉では表しにくいがヒンドゥー教はインドにとって不可欠だと滞在中常に感じた。勢いや活気に溢れた街。そのにぎやかな街並みの背景にはヒンドゥー教との結びつきがあったのだ。


そして今回一番衝撃を受けたのはバラナシを訪れた時だった。
バラナシでは屋上から街全体とガンジス川を一望出来るゲストハウスに宿泊した。ゲストハウスの屋上から小さい家々の屋上をみた時ゾッとした。蒸し暑いのに多くの住民が屋上で家族全員で寝ていた。話し合っている家族もいれば、ふざけ合ってる子供もいて見ていた自分まで幸せな気持ちになるくらい幸せそうに見えた。日本では感じた事のない気持ちだった。
カースト制度があるこの国ではきっと幸せの感じ方が他の国と全く違うはずだ。与えられたテーマを生き抜くインドの人々の偉大さを知った。日本からみて経済的には劣っているインドで見た幸せは自分の想像の遥か上をいく幸せだった。



その光景を見てから

ヒンドゥー教と共に生きているこの国に経済成長がこれ以上必要なのか。それは先進国の都合による価値観の押し付けではないのか。

こう考えざるを得なくなった。宗教を重んじる国であり続けるのか、経済成長を今後もこのまま続けていくのか。信仰深いインドでは両立はとても難しいはずだ。個人的には宗教を重んじているインドだからこそバラナシで見たような幸せがあるのだと思っているので経済成長は必要ないと思う。先進国と呼ばれる国がBRICsや発展途上国と比べ何が優っているのだろうか。インドを訪れこう思った。


本当に日本に無いものばかりある国だった。無宗教の日本で生きてきた自分にとってインドのヒンドゥー教との結びつきの強さは想像を絶するものだった。インドの魅力そして日本の良さも再確認する事が出来た。
自分はインドを知る出発点に立ったばかりだ。
来年も訪れたいと思う。

【2年市川匠】 
posted by S.A.L. at 23:53 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極上のスパイス


9月5日

私たちがインドに降り立ってから、もう10日以上過ぎた。毎日訪れる謎の腹痛にもだいぶ慣れ始め、むしろその痛さが快感に変わりつつさえある。

とてつもなく狭いバスに15人で6〜7時間乗りながら、私一行は昨日から、アーグラという街に来ている。

なぜこの街を訪れているかというとだ、世界で最も美しいとされる建築物、タージ・マハルを一目見るためなのだ。

簡単に説明すると、タージ・マハルとは、ヤムナー河畔にそびえ建つムガル皇帝、シャー・ジャハールの愛の記念碑とのこと。

先に言っておくが、私は、まったくと言っていいほどに世界遺産だとか、歴史的建築物などには興味がないのだ。
今回インドに来た理由も、日本で送る単調な毎日に相当の嫌気がさし、インドを訪れ、真新しい景色を見て、異次元の経験をすることによって、自分の人生にスパイスを加えたかったため。

旅の疲れも相当きていて、タージ・マハルまでの足取りは重く、入場料に750ルピー払うことは自分にとって、無駄遣いだと悟った。

しかし嫌々750ルピーを入り口で支払い、門をくぐり、「それ」を目の当たりにしたとき、体が硬直し、文字通り私は釘づけになったのだ。

今朝発表されていた最悪の前期の成績や、食べたくて仕方のなかった日本食のこと、無性に会い焦がれていた大好きなアイドルの女の子のことなど、タージ・マハルの威厳ある佇まいを見た私は、綺麗に頭から吹っ飛んでしまった。

これほどまで、建物に圧倒されたことなど人生で経験したことのなかった私にとってこの事実は、自分の人生への極上のスパイスであるだろう。

余談であるが、タージ・マハル周辺での我々日本人の人気具合が半端ではなかった。女の子メンバーはひっきりなしにインド人観光客に写真を迫られる光景は正直滑稽でしかなかった。
かという自分も(筆者はS.A.L内でも随一のイケメンである)たくさんのインド人に写真撮影をせがまれた。しかもだ、一番私が面白いと思ったのは彼らインド人、わざわざ高い入場料を払っているのにだ、まったくタージ・マハルに興味を示していなかった。
ちょっとばかし感動のひとときに浸っていた自分はちょっぴり現実に引き戻された感じ。

だがしかし、こういう不思議な経験も出来るのも途上国でのスタディツアーならではである。初めて会った相手に、何度も何度も写真をせがまれ、中には、小さな息子や娘も抱かせられてまでの大撮影会。日本じゃ絶対に起こりえない光景だ。
私は、観光地ツアーよりもこういう人と人との面白いひとときを見つけるためにインドに来たんだ!と改めて現地の威勢のいいインドボーイズに気づかされた。

明日もバスでの長時間移動が待っている。そろそろこのブログを書くのもやめておくとしよう。



[イベント局1年 望月俊輔]



posted by S.A.L. at 10:22 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やさしさのかたち

16日間のインドスタディツアー。
デリーの空港で、インド人たちの好奇な視線にさらされ、1匹の野良犬におびえていた初日から、今日まで、思えばあっという間だった。毎日が、たくさんの興味深い人たちとの出会いと新たな発見の連続で、飽きることがなかった。


そして、ついに、海外で過ごす最後の日を迎えた。バンコク2日目は、タイの王宮、ワット・プラケオを訪れた。きらびやかな装飾や鮮やかな色使いに目を引かれた。
その後、バックパッカーたちの聖地、カオサン通りへと赴いた。通りにずらっとひしめきあう露店に、カラフルなフルーツの並ぶ屋台。時折聞こえてくる、日本人を引き寄せるための日本語に、値段交渉の現場。ここで、はじめてタイ人とふれあえた。



タイでは、道を歩いていて、声をかけられることはない。目が合えば、にっこりほほえんでくれるが、私たちをじろじろ見ることはない。タイ人の方からわざわざ近づいてくることはないが、私たちが困っているとすぐに手を差し伸べてくれる。インド人の執拗さを13日間味わった後で、心にすっと入ってくるタイ人のやさしさに安心した。

一方で、インド人とのあつくるしいほどのふれあいに慣れてしまったからか、タイでの人との交流の少なさに、寂しさを感じている自分もいることに驚いた。インドでは、観光地にいなくても、少し道を歩くだけでインド人に「Japanese?」「カワイイネ」「コンニチハ」と声をかけられる。少なくとも、インド人は私たちのことをいつも興味津々で見ていて、彼らの方を見ると、必ず目が合う。だから、インドでは現地の人とのふれあいは、嫌でも向こうからやってくるものだった。最初は、そうしたインド人の行為1つ1つに不安を感じたこともあった。だが、インド人は、私たちを不安にさせようと思ってそうしたのではないだろう。それが自分の心に素直に生きている彼らの交流の方法なのだと気付くと、インド人の執拗さも人間味のあるあたたかさとして受け入れることができた。


どちらかが良いとか悪いとかいうわけではなくて、一歩引いて待ちの姿勢でいるやさしさも、積極的に交流しようとするやさしさも両方あってそれでいいのだと思う。ただ、見て見ぬふりが繰り返される都会には、もう少し後者のようなやさしさがあっても良いのではないだろうか。
インドでの経験を通して、当たり前だと思っていたことが、自分の中で覆されていることを、タイに来てまたさらに実感した。

【広報局1年 小澤 茉紗】
posted by S.A.L. at 00:25 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月09日

バンコク

9月7日

ストリートチルドレンについて深く考えさせられたデリー。死に対する価値観が変わったヴァラナシ。白銀の輝きを放つタージ・マハールはまさに絶景だったアーグラ。そして街全体がピンク一色だったジャイプール。様々なものに触れ、数知れないものを学べたインドを後に、私たちは次ぎなる国「タイ」へと飛び立った。

現地時間午前7時15分、タイの首都バンコクの空港に降り立つ。

ホテルまでは鉄道を利用して移動。
バンコクの鉄道は開通してまだ日が浅いためか、驚くほど奇麗だ。

車窓から見渡すバンコクの街並は、私が想像していたタイのイメージとはかけ離れていた。数々の高層ビルや巨大なショッピングモールなど、東京で目にする風景とさして変わりはなかった。しかし、時折顔を出すタイの寺院が加わると一気に雰囲気が変わり、とても興味深かった。

チェックインまでしばらく時間があり、旅の終盤で疲れもピークを迎えようとしていたため、バンコク初日は夕食まで自由行動となった。

私は数名の友人と共に、旅の疲れを癒すべくタイ古式マッサージを受けに街へと繰り出した。さすがは本場。マッサージ屋がいたるところにあり、しばらく悩んだ後に、私と友人の5人全員同時にマッサージを受けられるマッサージ屋に入った。メニューが豊富だったが、私は垢擦りとオイルマッサージを受けた。初めてマッサージを受けたのだが、想像を超えるものだった。体が軽くなり、疲れも癒えたところで、ホテルに戻りチェックインを済ませた。

しばらく仮眠をとってから、街を散策する事になり、ホテルの近くのショッピングモールや大きいスーパーなどを見て回った。

印象的だったのは歩道橋を中心にいる物乞いだ。両腕がなかったり、目が不自由であったりなど、何かしらの障害をもった人が座り込み、物乞いをしていた。時には子供が、また時には犬に小さいバケツを咥えさせている光景もあった。インドのように近寄ってはこないものの、その光景はどこか痛々しく、衝撃的であった。

インドでは近寄ってくる物乞いには何もあげなかった。近寄ってくる元気があれば特に何かをあげようという気にはならなかったからだ。しかし、タイのように片腕がないなど、なにかハンデを持っている物乞いを目にすると、気持ちが揺らいだ。状況によって物乞いにものをあげたり、あげなかったりすることは良くないと、インドで学んだためその場は何もあげずに通り過ぎた。こうして振り返っている今も物乞いにものをあげるべきなのか、そうでないのか、ハッキリとしたスタンスがとれずにいる。正解はないのかもしれない。だからこそ難しい問題であり、自分なりの答えを出すにはもうしばらく時間が必要だ。

前途したように電車から見たバンコクの街並は東京と大差は無かった。しかし、いざ街を歩き回ると、屋台が所狭しと、並んでいたり、物乞いを目にしたりなど、日本ではなかなか見る事のできない違った光景を目にする事ができる。

夕食後は友人と露店がひしめくように並ぶ通りへと足を運んだ。洋服はもちろんのこと、ムエタイのグッズ、ライターや時計、さらにはアーミーナイフやスタンガンなどといった武器を売っている露店までもが数多く並んでいた。観光客も多く、活気にあふれていた。私は友人と共に有名ブランドをまねた面白いT−シャツを買う事にした。ここでは、インド同様、値段の交渉をする。店側が提示した金額に対し、「もっと買うからこの値段にしてくれ」と計算機に自分の希望金額を打ち相手に見せ値段交渉をする。ここで買い物をする誰もが欲しいものを出来るだけ安く買おうと交渉を重ねていた。私たちも決して例外ではなく、いかに安く買えるかということだけに集中していた。確かに安く欲しいものが手に入る事ほど嬉しい事は無い。しかし、果たしてそれがその商品の本当の価値なのかどうかということはまた違った問題のように思える。安く買えたということだけに満足してしまい、本当の価値というものを見失ってしまっているのかもしれない。

【イベント局1年 菅原駿】
posted by S.A.L. at 20:39 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最後の夜に

更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。
3日前に書いたブログです。



8月25日に日本を出発してから約2週間過ごしてきたインドもとうとう最終日。
今日は1日ジャイプルでシティパレスやアンベール城などを見てまわり、
インドでの活動をすべて終えました。
インド最後の夜に、私にとって初めてのスタディーツアーを振り返ってみると、
思い出されるのは様々な人との出会いです。

各都市で出会った日本人、各国のバックパッカーたち。
Mobile Creches、アーシャ子ども村の子どもたち、スタッフの方々。
ワークショップを行ったマザーベイビースクールの子どもたち、スタッフの皆さん。
そして、このスタツア中ずっと私たちを困らせ、いらいらさせつつも、
全く違う価値観を見せつけて、私たちを楽しませてくれたここに暮らすインド人たち。

ここインドでは人と人との距離がうっとうしいくらいに近い。
街を歩くたびに話しかけられ、見ず知らずの人と会話をします。
そうしてコミュニケーションをとることで、ひとつひとつの出会いにエピソードが生まれる。
ひとつひとつの出会いが忘れられないものになる。
毎日が出会いの連続で、面倒くさく感じることもあるけれど、
それもスタディーツアーの醍醐味の1つだなと思っています。


さて、この2週間たくさんの人と出会い、お話をする中で、私は2人の人から同じ言葉を聞きました。
1人はデリーのカフェで出会ったインド在住の日本人カメラマンの方。
もう1人はデリーのホテルの前で出会ったフランス人旅行者の方。
その言葉とは、
“Everything is possible.” 
ヒンディー語で言うと、“サブ クチ ミレガ”
インド人もよく言う言葉だそうです。

私に何でもできるかと聞かれれば答えはNoです。
国際協力ということに関して言えば、「自分はまだ学生だから」、「遠い国のことだから」、
私にできることは本当に限られています。
でも、「まだ学生だから」「遠い国のことだから」ということを理由にして、
何も考えない、何もしないというのは絶対に違うと思うのです。

たくさんの制約があるのはじゅうぶん承知。
そのうえで、私は常に“サブ クチ ミレガ”というスタンスで、自分のモチベーチョンは高く、
国際協力について考えていきたい、行動していきたい。
インド最後の夜にたくさんの出会いを思い出しながら、そんなふうに考えています。

【広報局1年 幡鎌理美】
posted by S.A.L. at 13:58 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月08日

カルマ



9月4日。バラナシを離れ、アーグラへ向かう。バラナシからデリーへ、デリーからアーグラへと長時間に渡る移動日となった。
 
 その間、バラナシでの滞在を踏まえ、私なりに考えたことを伝えたい。

 私はこれまで途上国に対し、生活水準を上げ経済的な豊かさを提供することが先進国としての責任であり、適切な支援であると思っていた。
 しかしながら、バラナシで生活する人々の暮らしを見て、彼らは本当に私たちが行っている支援を必要としているのだろうか?といった疑問が生まれた。

彼らが、私たちの生活水準とはかけ離れた生活をしているのにもかかわらず、幸せに笑いながら生活しているように見えたからだ。

 
 私たち日本人は、物質的に豊かになることに意味を求め、経済的な側面に重きを置く。幸せになるためには、ある程度の経済的な安定や向上が必要になると考えているからなのかもしれない。

 この幸せの定義をバラナシの人々に当ててみた。

 彼らは、人生そのものを宗教的観点から捉え、『カルマ』といった概念を通じ、人生そのものを楽しもうとしている。物質的な幸せよりも、精神的に満たされた幸せを彼らは選ぶのだ。こういった私達にない価値観は、インド人にとって人生を上手く生きるためのモチベーションになっている。幸せになるかどうかは、来世に向けた現世の行いで決まるのだと言ってくれたインド人を思い出した。

 このように、彼らは私達先進国とは異なる価値観を持っている。しかしながら、私達はそれに気づくことなく、私達の価値観を支援という形で押し付けようとしている。


 物質的な幸せを手に入れることが、インドの人々にとって好ましいものとなるのだろうか?

 先進国に近づくことが果たして彼らにとって本当に意味のあるものなのだろうか?

 
  この疑問に対して、ある一つの答えが生まれた。

  本当の支援=インドのニーズに答える。
  一方的な支援でなく、彼らの声に耳を傾け、彼らに沿った支援を行う。


 支援活動を行う際、途上国のニーズに沿った支援を行うのは大前提である。
 
 しかし、今回のバラナシでの滞在を終えて、本当のニーズというものは、途上国の生活を体験して初めて考えることができ、簡単に決めることのできる問題ではないということに気づかされた。ネットや資料で理解することの出来ないもっと深い問題が現地にはあるのだ。

 
支援活動とは先進国と途上国の『対話』によって成り立つ必要がある。

援助国が単に支援をするだけではなく、被援助国に対し理解を深め、被援助国のニーズに答えようとする働きかけが、本当の意味での支援につながるのではないか。

 
 私は今現在、彼らの本当の声を聞くにはどうしたらいいのか模索中である。
 
 残りの旅で少しでも答えに近づくことが出来たら幸いだ。


 国際局 1年 山城慶尚
posted by S.A.L. at 20:05 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月07日

旅のすすめ


「みなさんはインドと聞いて何をイメージしますか?」


インド、ヴァラーナスのマザーベイビースクールで実施した「Child Credit」というプロジェクトは、子どもたちにお金の使い方やモノを生産するということ、それらにまつわる約束ごとを学んでもらい、将来の参考材料の一つにしてもらうことが目的だ。


「Child Credit」とは私たちインドスタツアメンバーが考えた造語であり、
意味は「Micro Credit」×「Child」である。


このプロジェクトは、子どもたちに架空のお金を「貸す」ところからスタートし、子どもたちは借りたお金で材料を買い商品を「生産」する。作った商品を「売り」、得た収入から最初に借りた分のお金を「返す」ところがポイントである。最後に余ったお金でお買いものをしてもらうまでが、このプロジェクトの流れだ。


子どもたちに作ってもらった商品は、ブレスレット、シュシュ、ストラップ、チロリアンテープで作るヘアゴム、インド風キューピー人形、ポストカードの6つである。


ポストカード用の絵を描いてもらうために、私たちは絵のテーマを「インドの紹介」に設定していたのだが、スタッフのまりいさんからそのテーマは子どもたちには難しいかもしれない、というアドバイスをいただいた。



理由は 「私たちがイメージしているインドを、子どもたちは経験したことがない」 からだ。



インドといえば、サリー、タージ・マハル、カレー、象などをみなさんも連想するのではないだろうか。


しかし、マザーベイビースクールに通う子どもたちはサリーを着たことをなければ、タージ・マハルや象を見たこともない。カレーは日本人にとっての米のように、子どもたちにとっては毎日当たり前に食べている食事なので、「インド」というイメージには繋がらない。



私は「目線」をヴァラーナスの子どもたちに合わせることが出来ていなかったのだ。



現地の人々に「目線」を合わせること。これはこのプロジェクト行う際に限ったことではなく、旅をするすべての人々に共通して言えることだ。


私たちはついつい勝手作り上げたその旅先の「イメージ」を追い求めて、旅をしているのではないだろうか。ガイドブックに載っている観光地、旅番組で紹介されていた美味しいレストランを訪れて満足するだけでは、旅をする意味がない。


現地の人々に「目線」を合わせ、現地の人々と触れ合い話し合うこと。これらは日本でいくらガイドブックを熟読しても、得ることができない経験だ。これが旅の醍醐味なのである。


私はカレーを食べるために、タージ・マハルを見るために、象に乗るためにインドに来たのではない。現地の人々と「目線」を合わせるために、インドを訪れたのだ。


ヴァラーナスの子どもたちに目線を合わせられなかったことを恥じると共に、なぜ私が旅をしたくなるのか、まりいさんの一言によって再確認させられた。




現地の人々と同じ「目線」で世界を見てみたい
私は日本でもわかることなんか求めていない




「みなさんは、何を求めて旅をしますか?」




【文責:2年高田音葉】

posted by S.A.L. at 17:23 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月03日

マザーベイビースクール


9月2日。今日はインドに私たちが来た理由の一つである、Child Creditというプロジェクトを行うためにマザーベイビースクールへ行った。この日は私たち以外に訪問者が多数いて、マリーさんら4人のスタッフの方と一緒に準備などを協力していただいた。


いざ子どもたちに商品を作ってもらうとなると手順を説明するのが難しく、なかなかうまくいかなかった。ようやく作業に入れても飽きてしまって、結局ノルマを達成できない子どももいた。その子どもたちを見て、もどかしさのようなものを感じてしまった。これは言葉の壁によるものなのだろうか、あるいはただ子どもたちに作業が難しすぎただけなのか。


プロジェクト中盤、作業の中で子どもたちに絵を描かせる時間がある。画用紙と色ペンを渡し、子どもたちが描くのを見ているとき私はあることに気付いた。絵を描く場所は3つのテーブルに分かれているのだが、テーブルごとに描く絵が似通っているのだ。あるテーブルでは建物の絵を描き、他のテーブルでは人の絵を描いたりしている。


これは子どもたちが自分の周りの子が描いている絵を真似するために起きたのだ。まだ幼いためどうしていいか分からないからかもしれないが、インド人が周りに行動を合わせる習性があるのかもしれない。


プロジェクトも終盤になり、子どもたちは自分で作った商品を売って得た利益で、私たちが用意したものを買うことが出来る時間となった。またそこで私はあることが気になった。私たちが列を作るように言わなかったためでもあるが、列を作らずにみんな一斉にお金を差し出すのである。


さらには机のわきに無理やり入ってまで買おうとする子どもまでいたのだ。これは子どもが目新しいものに興奮していたせいもあるが、インド人がせっかちであることを表しているようにも感じた。また、他の子どもが純粋に買い物を楽しんでいる中、お金を払っていないのに鉛筆や消しゴムを持って行ってしまう子どもたちがいたのだ。それを見てショックを受け、国民性の違いを感じた。


もしかしたら、このブログを読んでくださっている方の中には、大袈裟だ、ただの子どものいたずらじゃないか、と考えている方もいるだろう。私もそう考えている。しかしまた、私にはそれがスリなどと被って見えてしまい、こういった根本からの違いがインドのスリを生み出しているのだろうかと考えた。


こうしてプロジェクトを振り返ってみると子どもの行動を観察することによって、日本人にはないインド人の習性などを見ることができた。しかし、今回のプロジェクトでは子どもを対象としていたため、子どもだからしょうがない、と感じてしまう場面が多々あった。これではインド人の習性が本当にせっかちなのか、真似したがるのかがわからない。


そこでこのChild Creditを大人を対象にしてやってみるのもいいのではないか。


それによって本当のインド人の習性などがつかめるかもしれないと、雨が降り、異臭漂うヴァラナシの細道を歩きながら考えた。


イベント局1年 高橋憲太朗
posted by S.A.L. at 22:20 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヴァラナシ2日目


今日も晴天!インドらしい蒸し暑い日です。私たちが滞在しているプージャゲストハウスの屋上からの眺めは最高です。プージャの屋上からヴァラナシの町へ沈んでいく夕日を見下ろし、人々の生活を見つめていると多くの感情が浮かび上がってきます。ありきたりな言葉ですが自分の今までの価値観が覆ってしまいそうになります。子どもたちが楽しく走り回り、大人たちが無邪気に会話を交わし、猿や牛たちも町の住人の一部となり思いのままに生活している。衛生環境も悪く住まいもぼろぼろ、決して裕福とは言えないこの町が、なんだかとっても羨ましくなりました。平凡で何も変わらない毎日のようも見えますが、きっと目が回りそうなほど様々なことが起こる毎日なのだろうなと思いました。

このような感情になったとき、ふとカースト制度について思い出します。その瞬間今まで幸せそうに見えていた景色が、一瞬にして曇りだしてしまいます。カースト制度はまだまだ人々の生活に根強く残り、インドの人々は名前や見た目からその人がどの階級にいるのか分かるそうです。カーストが上の人がどのように下の人のことを考え、下の人は何を思い運命を受け入れ一生を全うするのだろう。疑問はつきませんが、意外にも私の目には彼らには宗教という生きる軸があり、生き生きと生きているように見えました。

まだまだ私には見えていない奥深い感情がインドには渦めいているのかもしれません。インドはまだまだ分からないことばかりです。

ヴァラナシは宗教と切っても切り離せない所です。町の至る所にお祈りの場があり、屋上からはガンジス川に向かって祈りを捧げている人の姿を見かけます。宗教に関して無知な私はたいしたことは考えられないし、理解すらできないことが多くあるけれど、壮大な風景や祈りを捧げる人々の行動の節々から、必死に宗教というものを理解しようとしています。私にとってテロや紛争などから良いイメージばかりではない宗教。しかし今回はその行為から生命の神秘や感謝から生まれる、生きるための壮大な力を感じました。私にはまだ気づけていない何かが、気づけないともったいない何かがそこにあるのかもしれません。

ヴァラナシは今日一日一日があることを感謝して生きる。そんな当たり前なことを素直に感じることが出来るすてきな町です。この町に沸き起こる人々の日々の感情を読み解き、自分自身の進む道を模索しながら、旅の続きを楽しみたいです。

(国際局 1年 安増千絵)
posted by S.A.L. at 20:43 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月02日

母なる大河

3000年以上の歴史をもつヒンドゥー教最大の聖地、シヴァ神の聖都、ヴァラナシ。
この古い街には、ヒマラヤの水を集めたインドの母なる大河であるガンガー(ガンジス河)が悠々と流れている。ヒンドゥー教徒の中では、ガンガーの聖なる水で沐浴すれば全ての罪は清められ、遺灰がガンガーに流されれば、輪廻からの解脱を得られると考えられている。
そしてこのガンガーの岸辺には84のガートが連なっている。ガートとは、階段状になっている堤のことで、早朝から沐浴する人、聖水を汲む人、ガンガーに捧げる花売りの人で賑わっている。

*

8月31日、私たちは50番目のガート、マニカルニカー・ガートを訪れた。
地面に積み上げられた薪。ヴァラナシの青空にもくもくと立ち上る煙。露店の並ぶ小道とは少し違った空気を纏ったこのガートは、火葬場として使われている。
ここのガートは365日休むことなく煙を出し続ける。毎日200〜300の遺体が火葬され、遺灰はガンガーに流される。


私たちはあるインド人男性に連れられ、火葬場の近くにある建物に入った。
屋上から火葬の様子を見るために上へとのぼったのだが、その途中の階で、多くの人が何もせずただぼーっとしているのが目についた。
実は、彼らは、このガンガーに自分の遺灰を流すために死を待っている人たちだそうだ。
私はそれを知った瞬間、とても衝撃を受けた。
何もせず死を待つということに対してはもちろんだが、何よりもヒンドゥー教徒のガンガーへの想いの強さに驚いたのだ。
自分たちの生を知っている母なるガンガーに抱かれて海に流れ、天に戻って再びヒマラヤの水となり、流れ続けようとする彼らの姿・精神は、まさにインドをゆっくりながれるガンガーそのものだと感じた。
生も死もガンガーと共にしようとする彼らの姿勢こそが、この街のゆったりとした時の流れ、どの道を進んでもガンガーの川辺にたどり着くような街並みを自然に作り出したのではないだろうか。
ガンガー無しには考えられないこの街を、ここに住む人々の精神によって作り出されたこの街を、いつまでも見守り続けたいと思った。

【文責:大嶋 菜愛】
posted by S.A.L. at 04:16 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヴァラナシ到着

8月30日、今日は移動日。5日間を過ごし、ホテルの近所に顔なじみも出来てきたデリーを離れ、ヒンドゥー教最大の聖地ヴァラナシへ。飛行機を降りるとカラッと暑い。空港出口で今回お世話になるマザーベビースクールのマリーさんが出迎えてくれた。とても親切な方である。力強さの中に可憐さが垣間見え、それが独特の雰囲気を醸し出しているように思えた。空港から駐車場までの道の側に畑があり、高齢のインド女性が雑草をとっている。彼女の手が止まり、目が私たち日本人集団をとらえている。好奇な視線ならば、それまでにいくつも感じたが、今回は今までのものとは別に思えた。誠に勝手ながらその目に羞恥心を感じてしまったのだ。今思えばただひたすらに自分の傲慢なのだろう。草取りは日本にもたくさんいるし、必要不可欠な仕事だ。自分は無意識のうちに彼女に独りよがりな同情を押し付けてしまっていたのかもしれない。


 オートリクシャーに揺られながら道路とは呼びがたい道を40分ほどかけて市の中心へ向かう。石造りの古い建物の間を細い路地が交差し、迷路のようだ。牛も人も犬もヤギも混沌を行き交う。宗教上の理由で、強い日差しから肌を隠すのだろうか。女性は目以外を黒の布で覆う忍者のようなスタイルや、白い布で目以外を覆いサングラスをかける月光仮面のようなスタイルが目立つ。後者は時折男性もいた。デリーにはほとんどなかったスタイルだ。
 


夜はマリーさんの提案でガンジス川に浮かぶボートの上から火の礼拝をみる。オレンジ色の衣装を着た5人の男性が時折手拍子を織り交ぜながら、各々火鉢で円を描く。最初は何もつけず、次に火鉢から煙を出しながら、最後には火鉢に火をつけて。男性の穏やかなインド独特の揺れるような歌声と、ガンジスの波に抱かれ、踊る火が私たちを幻想的な世界へと誘った。
 
 ふと思う。私は単なる日本から来た観光客。インドに関係のない人間だ。ほとんど観光客向けのイベントと化した礼拝。友達の言葉を借りれば、文化の商品化。それを助長させているという点で私たちは傲慢なのか。文化の商品化こそがその土地の文化や伝統を守っているという見方も出来るかもしれないのだが。そもそも傲慢か否かを考え始めている姿勢そのものがすでに傲慢なのかもしれない。

 インドでは物乞いをよく目にした。私はいっさいあげていない。彼らの貧困のサイクルを助長するということ以前に上のものが下のものに恵みをあたえるという関係において、私が何の責任もとれない下のものに自分ごときが上の立場になるなんて傲慢さを感じるに違いないと考えているのだ。この考えは自分の傲慢さを認識することから逃げようとしているに過ぎないのかもしれない。実際人間は傲慢さを少なからず持ち得ている。自分の傲慢さを自覚してこその正義も世の中にはたくさん存在するに違いない。自分の傲慢さからただ目を背けるのではなく、自分の傲慢さをしっかりと認識し、真の傲慢とは何かを考える必要があるように思う。

 インドスタツアはまだまだこれからだ。この刺激にあふれた国が、なにか腑に落ちる解答を与えてくれる気がする。

    ( 国際局1年  清野 尚仁 )

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2011年08月31日

Greeting from Ashalayam!


Greeting from Ashalayam!


8月29日、私たちはデリー国際空港の近くにある「アーシャー子ども村」を訪問した。

アーシャー子ども村は、ストリートチルドレンや親に捨てられ行き場をなくした
子どもたちなどを駅やバス停などで警察が声をかけ、子ども村に連れてきたり、
チャイルドラインという24時間子どもたちからの相談を受け付けている電話を
通して保護し、勉強や食事、寝る場所を提供している施設のことである。
また心に傷を負っている子どものために専門のカウンセラーが子どもたちをケアしている。

子ども村には現在125名の子どもたちがいて、基本的には18歳までこの施設にいることができる。
しかし、仕事が見つからなかったり、大学に進学したい場合は、
仕事が見つかるまでや大学を卒業するまでは子ども村にいてもらう。

年間50人ほどの子どもたちが子ども村に訪れるが、
親と連絡が取れれば自宅に帰すようにしている。
そのうち連絡が取れない子どもは毎年20人〜25人ほど。

子どもたちは子ども村で勉強する以外に普通の学校に通うため、
午前中は近くの学校に行っている。


今回、普段子どもたちがどんな生活をしているのか見学することができた。
寝室は一人一つのベッドがあり、食事は専門のコックが料理を振る舞い、
教室は広く、勉強する環境は整っていた。
一瞬しか見ていないけれど、私が子どもたちの生活態度を見て、
子どもたちは現在の生活を送れていることにとても感謝しているという
気持ちがとても伝わってきた。


そもそも冒頭に書いた「Greeting from Ashalayam!」とは、
アーシャー子ども村を訪問するにあたって、子ども村の校長先生である
Father Georgeさんと私がメールでやりとりをしていたとき、
Fr.Georgeさんが毎回メールの冒頭に付けていた一言だ。

Ashalayamという言葉の意味を知らなかった私は、
今回訪問した際にFr.Georgeさんと直接お話しすることができ
初めてこの一文の意味を理解することができた。

「Ashalayam」という言葉はヒンディー語で「夢」という意味である。

またFr.Georgeさんは

「子どもたち一人一人に夢を持たせること。」

が子ども村で一番大変な課題であるともおっしゃっていた。

子ども村に保護される前の子どもたちは
皆一日一日生活することが精いっぱいで夢を持つことは困難な状況だった。
夢を持てばその夢に向かって勉強をしたり、何かを一生懸命頑張ることができる。
しかし夢を持つには、何かきっかけがなければ夢を持つことはできない。
一個でも多くのきっかけを与えることができれば
大きな夢へとつながるかもしれない。

今回のインドスタツアで行う
マイクロクレジットをベースとしたChild Creditプロジェクトでは
「お金を借りる」「材料を買う」「商品を作る」「商品を売る」などという
工程を通して、お金の使い方とそれにまつわる約束ごとを理解してもらい
将来を考える時の参考材料の一つにしてもらうことが目的だ。

このプロジェクトを通して、子どもたちの将来につながるきっかけを
少しでも与えることができればいいなと思う。

〈イベント局1年 加藤礼子 〉
posted by S.A.L. at 17:16 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月28日

私は今、インドにいる

広報局1年の立山蘭です。
インド滞在3日目の今日、私たちはMobile Crechesとラール・キラーを訪れた。

Mobile Creches
  ここは両親が工事現場で働くこどもたちを預かる託育所であり、インドに60箇所ちかく設けてある。
 生まれてから12歳までの子どもたちがここで健康的に面倒を見てもらえており、教育を受けている。


 施設は目がキラキラした元気な子どもたちの笑顔であふれていた。
 
 手を振ってくれる子がいたり、自ら近寄って話しかけてくれる子もい て、フレンドリーでかわいいなと思うばかりだった。
 
 私たちは日本から遊具を持ってきて、彼らとともに遊んだのだが、中でもシャボン 玉が人気だった。
 初めて見るものなのか、首を傾げ ながら吹いていたり、興味深そうに泡を触ったりしていた。
 楽しさや喜びを素直に表現する子どもたちを見て、とても嬉しかった。



ラール・キラー(Lal Qila)
 オールドデリーの見所の一つでもあるここは赤い砂岩で築かれた城壁から守られる様にして城のような建築物が内側にそびえ立つ。
 柱や梁、壁に彫刻が施されており、装飾をかねた建築構造の美しさに感動した。


 インドではまだ3日間しか滞在していないものの、観光地としてのインドやインドにおける子どもたちの教育現場を見ることができ、私たちは常に様々な方向から事実を見て、考えなくてはならないのだと感じた。
posted by S.A.L. at 14:12 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月27日

My life is my message.

8月25日、計14時間半の長旅を終え、私たちはインドに降り立った。

ニューデリーのホテルに着き、日本円からガンディーが描かれたルピーへ両替をすますと、いよいよ今回のインドスタディツアーが始まったのだと、わくわくと不安が入り混ざったなんとも言えない気持ちになった。
これから訪れる様々な出会いと様々なハプニング。
様々な”発見”に私たちはいくつ出会うことが出来るだろうか。


今回私たちはこのスタディツアーで3つの施設を訪問することになっている。
〈Mobile Creches〉という子供のデイケアセンター、
〈アーシャ子ども村〉というストレートチルドレン向けの学校施設、
そして〈マザーベイビースクール〉という日本人の方々が中心に運営している学校施設。

子どもたちとの直の触れ合いを通して、私たち15人それぞれが何を感じ何を思うのか。
毎晩の話し合いのなかで、一人一人の”発見”を共有し再考する時間を大切にしたいと思う。



ところで、誰もが知っているインド人といえば、マハトマ ガンディー。
数多く残る彼の言葉のなかにこんな言葉がある。

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あなたがもし、だれかの心を軽くしたいと思うのなら、
あなたがもし、だれかの心を明るくしたいと思うのなら、

だれかの力になりたい、
だれかを励ましたい、
だれかを勇気づけたい、

あなたがもし、そう思うのなら、
あなたが輝いていることが、何よりのメッセージ。
何の言葉もいらない。

とにかく、あなたが楽しく、明るく、元気でいることが、
夢を生き全力で生きること、その姿勢、その背中が、
まわりの人を励まし、元気づけ、勇気を与える。

あなたの生き様が無言のエールを送り続けている。

もし、いま発しているメッセージが、自分の伝えたいと思っているメッセージと一致しないのなら、
いますぐ、自分の伝えたいメッセージを発する生き方をする。

あなたが発しているメッセージはなんだろうか?
My life is my message.
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私がインドの人々に伝えたいメッセージはなんだろうか。
私がインドの子どもたちのために出来ることはなんだろうか。
そもそも宗教も言語も生活習慣も異なる私たちが、インドの人々の何を理解することができるのだろうか。
難しく考えればきりがない。


しかしまずは純粋に楽しむこと、
子どもたちと同じ目線に立って思いっきり遊ぶこと、
目を見て気持ちを伝え合うこと。
そのことが子どもたちになんらかのメッセージを与えることになるのかもしれない。

多くの出会いがあるということは、それだけメッセージを発する機会があるということ。
2週間という短い期間のなかでの一つ一つの出会いを胸に刻み込んで、
インドという国を思いっきり味わいたいと思う。

明日はいくつの出会いが待っているのだろうか。


文責:【国際局 安齋春奈】
posted by S.A.L. at 04:41 | Comment(0) | 2011夏-インドスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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