2011年09月22日

鰯網で鯨捕る


皆さんは「鰯網で鯨捕る」ということわざを知っているだろうか?

鰯を捕ろうと張っていた網で、思いがけず鯨が捕れてしまうこと。

つまり意味としては、思いがけない収穫や幸運を得ること。


今回、私はカンボジアスタツアに参加したのだが、正直なところ鰯程度の獲物しか期待していなかった。

しかし結果的には鯨程も大きな獲物を捕まえることができた、とても実りのあるスタツアとなった。

以下その経緯を述べたいと思う。




私にはある悩みがあった。

それは、「将来的に国際問題と関わっていきたいが、どのように関わっていけばいいのかわからない」というもの。

普通に何かしらの企業に就職して、そこでなんとなく働いて・・・

という人生を歩みたくはない。

必ず何らかの形で国際問題と関わっていきたい。

しかしどのような形で関わればいいのかわからない。

SALで活動しながら、こんな悩みをずっと抱えて“いた”。


なぜ過去形なのかというと、今回のカンボジアスタツアで、ある発見があったからだ。

それは最終日に聞いた、NPO法人かものはしの共同代表 元木さんのお話でのこと。

団体の活動や理念など様々なお話をしていただいたが、私にある発見をもたらしたのは、人材コンサルタントの方がプロボノとして来てくれて、そのときにしてもらったアドバイスが大変役に立ったというお話。

先ほど述べたような悩みを抱えていた私は、このお話を聞いた瞬間に「これだ」と感じた。

私は、現地のNGOなどに就職して支援活動をするといったことにはいまいちピンときていなかった。

なぜだかわからないが、そこには自分だからできること、自分の価値を感じられること、そういったものが欠けている気がしてしまうのだ。

しかしプロボノとしてなら、企業に就職したとしても国際問題に関わることができ、しかもその仕事を活かすことができる。

さらに自分の仕事を活かせる分、自分への付加価値は高まる。

国際問題へのこのような関わり方を知ることができたのは私にとって大変大きな発見であった。



冒頭にも述べたように、正直に言って、今回のカンボジアスタツアにあまり期待していなかった。

アンコールワット見たいし、まだカンボジアには行ったことがないから・・・

程度の気持ちでしかいなかった。

しかし、悩みを抱えていた自分に進むべき道を指し示してくれる程大きな発見があった。


今回のスタツアは、まさに「鰯網で鯨捕る」ということわざ通りのものとなった。


渉外局2年 福田光
posted by S.A.L. at 12:36 | Comment(0) | 2011夏-カンボジアスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月20日

ジレンマ

カンボジアについてから早1週間がたった。街の汚さにも慣れ、ミネラルウォーターで歯を磨き缶ジュースにストローをさして飲む生活にも違和感がなくなった。
自分は恥ずかしながらこのスタツアが初めての海外経験で見るものすべてが新鮮に映った。アンコールワットの朝焼けは言葉に表せないほどに綺麗で、現地の子供たちとのサッカーではなけなしの運動神経をフル活動させ夢中になって遊んだ。

今日はシェムリアップを出発し、かものはしプロジェクトのコミュニティーファクトリーを訪問してきた。かものはしプロジェクトというのは人身売買を撲滅するために最も貧困な地域に絞った支援をしているNGO団体であり、コミュニティファクトリーではたくさんの若いカンボジア人の方々が働いている。

カンボジアで人身売買というのはとても深刻な問題であり、貧困層の子供や女性たちがその被害にあっている。騙されて売春宿に連れていかれ心と体に大きな傷を残している。
そうした現状を変えるため立ち上がったのがこの団体である。

そこで耳にしたのはいかにカンボジアの方々に仕事を提供するのが難しいのかということだ。現地の人に話を聞いて感じたことだが日本人とカンボジア人の間には大きな国民性の違いが存在する。カンボジアには「その日暮らしの生活ができればいい」「故郷で暮らすことが大切」といったような我々とあまり馴染みがないような価値観があるようだ。そのため都会に出てがつがつ働くといったような考えを持っている人は少なく、貧困から抜け出せない原因の一つとも考えられる。

しかしだからと言ってその価値観が間違っていると決めつけることはできない。そもそもみないろいろな価値観を持っているのであって、その一つ一つを尊重するべきである。そこで思ったのが途上国を先進国が支援する際に先進国の価値観を押し付けてしまっているのではないかということである。

もちろん人身売買のような非人道的なことはなくすべきであるし、途上国ではまだまだ先進国からの支援が必要であることもこの目で確かめてきた。だが自分たちのやり方を無理やり押し付けるのではなく現地の価値観を大切にしながら行うというところに支援の難しさを感じた。


途上国の方々の方々には豊かになってもらいたい。

だがその土地らしさを失ってほしくはない。



そうしたジレンマを感じているうちにバスは目的地のプノンペンへと到着した。

国際局1年 片山雄太
posted by S.A.L. at 04:58 | Comment(0) | 2011夏-カンボジアスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月19日

ポル・ポトの正義 子どもたち


 カンボジアに来て6日目、やっとうだるような暑さにも慣れて、私たちは日々の活動を行っています。今日は、アンコール・ワットやその他遺跡群の観光に行きました。そこで見た光景は―ありきたりな表現ですが―言葉にできないほどすばらしいものでした。アンコール・ワット全体を照らす朝焼けの壮大さに圧倒され、壁の隅から隅まで精密に施されているレリーフからは、当時の人々の息遣いが伝わり、とても感動しました。しかし、壁にあった弾丸の痕を眼にしたとき、この地でつい最近まで激しい内戦があったことがふと思い出され、とても悲しい気持ちになりました。トゥールスレン博物館や、キリングフィールドで見たおぞましい光景が鮮明に思い出され、胸が苦しくなりました。(これらの場所はポル・ポト政権が行った虐殺の歴史を展示し、ポル・ポトが行った数々の残酷な行為を後世に伝えているものです。) 私はもちろんポル・ポトの行った行為は決して許されるものではないと思います。しかし、それと共に私にはひとつだけ思うことがあります。それは、


「ポル・ポトは、自分の理想とする社会を実現するため、つまり自らの正義のためにこのようなことを行ったのではないだろうか。」


ということです。ポル・ポトは初めからカンボジアを破壊しようとしていたわけでは、決してないのです。むしろ、カンボジアを守るために―ベトナムその他の国から自国を守り、理想とする原理共産主義を断行するために政権を握ったのです。ただ、その思想自体に大きな欠陥があり、また、その為に使われた手段があまりにも強引で、幼稚でした。その為にカンボジアの伝統的な社会システムは破壊され、多くの人々が命を落としたのです。この事実から、私が言いたいことは、


「人は簡単に間違った正義を選ぶ。」


ということです。しかも、それは間違いだと分かるのは往々にして結果が出てしまった後なのです。現在、虐殺を伴った正義が誤りであることは、歴史が証明しています。しかし、将来起こる課題について、人はこれからも多くの間違った正義を選択していくのだろうと思います。私たちにできることは、そこから学び、二度と同じ誤りが起きないように努力していくことだけです。


 話は変わりますが、私は今回のスタディーツアーで、孤児院を訪問しました。そこで出会った子供たちは、笑顔が素敵で人懐っこく、とても孤児であるようには見えませんでした。私は全くかわいそうだとは思いませんでした。ただ、「子供たちの生活をもっとよくしてあげたい。もっと子供たちを楽しませてあげたい。」と純粋に思いました。どうすればいいか、と思ったときにある二つの体験を思い出しました。一つは、前日に教育支援を行っているNGO団体で伺った話で、「カンボジアでは先生の質が低く、また設備も十分に整っていないため、実験などの体験学習があまり行われていない。」というものでした。もう一つは、小学生のときの科学実験教室で、ペットボトルロケットや万華鏡の作成に夢中になって取り組んでいたときのことでした。その二つの体験から、私は科学実験教室をカンボジアで開こう!と思いました。そうすれば、普段はやっていない体験学習もできるし、何より子供たちが楽しめると思います。私は後期からこれをプロジェクトとして始動させようと決意しました。


長くなりましたが、最後まで読んでくださって、ありがとうございました!


【国際局二年  高井啓輔】
posted by S.A.L. at 05:03 | Comment(0) | 2011夏-カンボジアスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月18日

カンボジアスタツア5日目

 今日でカンボジアに来て5日目です。

 これまで私たちはたくさんのカンボジア人に出会いましたが、共通して私が思うのは生きる活力にあふれているということです。
毎日を生きるのに必死で、例えその生活費を稼ぐ方法が生産性や効率が悪かったとしても、私はよっぽど日本人より人間らしさがあると思います。


 約30年前、この国の文化、知識、秩序など様々なものが破壊されました。
現在街角に出てみると、0の状態だったことが信じられないほど復興しています。
道などまだまだ十分に舗装されておらず、中心部から少し離れるとすぐ田舎になってしまいますが、日本人が抱いているカンボジアのイメージよりはだいぶ豊かなように感じます。
決して清潔とは言えないけれど、その町並みの中には人間味があります。


 また、特にそれを感じたのは、孤児院の子供たちです。
彼らの中には幼いにも関わらず日本では考え難いどん底を生きてきた子もいます。
でも、何故かかわいそうという同情心を抱かせないのです。人懐っこく抱きついては愛くるしい笑顔を見せてくれます。
むしろ他のカンボジアの子供たちより幸せそうに見えるくらいです。
子供たちに将来の夢を聞いてみると、そもそも職業をあまり知らないため、種類は限られているものの、それぞれ夢があるようです。
実際、飲み込みが異常に早かったり、ダンスや歌が抜きん出て上手いなど、才能がある子がたくさんいます。
きっとあの子供たちなら自分の興味のある方向の職業を手にすることができるでしょう。
あの子供たちが生きがいのある仕事ができる、そんなカンボジアの未来を願うばかりです。

このようにどん底の状態でも生きようとする人々の力が、これからのカンボジアをひっぱっていくのだと思います


 しかしながら、この国に来て、自分の中で矛盾を感じることがあります。
シェムリアップやプノンペン、特に観光地では決まって物乞いや、必死に物を売る子供たちがいます。
孤児院の子供たちの幸せを願う一方で、他のそのような子供たちには何か物を買うことすらしません。
救う人を選ぶわけではないけれど、貧しい人々全員に手を差し伸べることができない状況、この私の中での矛盾が、今の世界の現実なのだと思います。
皆誰かしらの幸せを犠牲に豊かさを得ている、そんなことまで考えてしまいます。
 

 たった数日ですが、様々なことを考えさせてくれる、このカンボジアにいるのもあと少しですが、一日一日を大切に何かを確実に学んで帰りたいと思います。


                             
2年 岡田朋子
posted by S.A.L. at 17:19 | Comment(0) | 2011夏-カンボジアスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

I AM IN カンボジアです

こんばんはー!!
日本より2時間遅いカンボジアからお送りしています竹渕慶でーす^^!

SALに入って初のスタツア、念願のカンボジア。
飛行機がプノンペンに到着したと同時に私は夢をひとつ叶えました!
地元発、成田行きのバスが出発する直前にパスポートを忘れたことに気づき
そんなこんなで搭乗手続き締め切りの15分前に空港に着いてみんなをヒヤヒヤさせた私ですが(本当にすみませんでした☆)、
スリリングで素敵な幕開けだったと思います!時間に余裕を持つことに越したことはないですね!
いやーほんとによかった!

カンボジアですが、今のところ私は日々刺激的で目をキラキラさせる毎日を送っています。
私は今日、4日目のブログ担当ということですが、
今日のことは書きません。
(ちなみに今日はトゥールスレンとキリングフィールドに行ってきました。
もちろんポルポトの大虐殺については知っていたとはいえやはり実際に肌で体感するとその衝撃と言い知れない悲しみというか苦しさは本当に大きかったし、思ったことはたくさんあります)

3日目の昨日、プノンペン市内にあるCUCHMAという、Make the Heavenさんの支援している孤児院に行ってきました。
「世界がもし100人の村だったら」という本、そしてテレビで放送されているドキュメンタリー番組を知っていますか?
大学での私の夢が「カンボジアに行くこと」だったという理由は、高校生の頃にこの番組を見たことにあります。
この番組は年に2回放送される、様々な途上国における貧困層の生活を追ったドキュメンタリー番組なのですが、
一番最初に見たのがカンボジアのスラム街で生活する子供たちを特集したものでした。
途上国のスラムなどに生きる子供たちの生活をテレビで見るのはもちろん初めてではなかったのですが、
この時なぜかそれまでになかったほどに大きく心を揺さぶられ、
「ここに行って自分の目で見たい」と強く感じたんです。
だから、2日目にバサックスラム、3日目に孤児院を訪れることができて、この2日間は私にとって本当の意味で夢のような時間でした。

私達は、孤児院の子供たちも通う午前中の公立小学校の補修授業が終わるのを待って孤児院に行ったのですが、授業が終わった途端孤児院の子供たちが一斉に駆け寄ってきて我先にと私達の手を取り孤児院まで案内してくれました。
大通りを渡り、細くてくねくねとした道を少し進んだところに孤児院はありました。
2階建ての小さな建物で、その造りはすごく質素。雨が降るとあちらこちらで滝のような雨漏りをするような建物でした。
ほとんどの子が5〜13歳という中で、ひとり最年長で16歳だという男の子がいました。
彼は2年前にこの孤児院にきたそうで、今は学校で英語を勉強しているとのことでした。孤児院にいる子供たちはMakeさんの支援で日本語を勉強しているためみんな簡単な日本語を聞き取りそして話すことができるのですが、ここで日本語を勉強することができるのは小学校に通う小さな子供たちだけ。だからここに来た時すでに14歳だった彼は、日本語を学んでいないため日本語が他の子供たちよりも苦手なようでした。
でも、将来の夢を聞いてみると、「カンボジアに来た日本人観光客の通訳」と彼は答えました。だから、今は勉強できないけれどいつかちゃんと日本語を勉強して夢を叶えたいそうです。とびっきりの笑顔で話す彼は、日本で苦労もせず毎日のうのうと大学に通う私の何倍も輝いているように思えました。
遊びの途中に子供たちに少しインタビューをしたのですが、普通に明るく元気にはしゃぎ回っている子がここに来る前に父親を亡くし母親は子供を置いてどこかへ消え、残された兄弟だけで近所の田んぼの手伝いをしその日食べるためのお金を稼いでいたとか、どの子もその振る舞いと表情からは想像のつかない過去を持っている子たちばかりでした。
今回ここを訪れるまでは、やっぱり孤児なわけだから、親に会いたい気持ちが強いのかな、と思っていたのですが聞いてみると会いたいは会いたいけど元の生活には戻りたくないというのがここで暮らす子供たちの本音なようでした。Makeのスタッフさんも言っていましたが、子供たちは私達が思っている以上に自分の生い立ちやここに来るまでに至った経緯についてはドライなようです。
孤児院にもよるのでしょうが、どの子も過去の環境が過酷であっただけに、衣食住、それに加えて勉強までもすることができる今の孤児院での生活を本当に幸せに感じていてきっとずっとここにいたいと思っているんだろうなと感じました。
予想していたよりも何倍も何倍もエネルギーとパワーと思いやりに満ち溢れていて、キラキラしていた孤児院の子供たち。最初から最後まで、この子たちがかわいそうだとは一瞬たりとも思わなかった。
この子たちの将来が心から気になるし、純粋にそれぞれの夢が実現してほしいと思う。
本当に感動とパワーと私にとってはそれ以上のものを与えてもらった2日間だった。
でも、ここにいる子たちは運よく救われたほんの一握りの子たちだということも絶対に忘れない。

ではあと5日間元気に楽しみまーす!

*昨日書き途中で停電になってしまいアップできなかったので一日遅れで投稿してます!

イベント局2年 竹渕慶
posted by S.A.L. at 00:20 | Comment(1) | 2011夏-カンボジアスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月16日

百聞は一見にしかず

はじめに、カンボジアスタツアはビジネス班と教育班の二組に分かれて活動しています。自分はビジネス班に所属しているので主にカンボジアでのビジネスの話が多くなるかと思います。


まず、カンボジアに来て思ったことは、「事前に日本で本を見たりして予想していたほどカンボジアは発展途上国という感じではないな」ということでした。自分が勝手に思っていたカンボジア像では最近発展しつつあるとはいえ、日本に住む自分のような人にはまだまだ生活しづらい環境ではと思っていました。しかし、実際は外国企業もたくさん進出していて、自分が持っていたイメージとは違いました。


また、実際にカンボジアに訪れ、現地でビジネスをしている方々のお話を聞くことができたのはかなり貴重な体験でした。私は今回のカンボジアスタツアを通し、BoPビジネス(低所得者層を巻き込んだビジネス)について学び、理解を深めようと考えています。単に学ぶだけなら、日本でもできるのではないかと思うかもしれませんが、BoPビジネスに関して日本の書籍などから得られる知識には限界があります。そのため、本当にBoPについて知りたいならば、現地に行き直接聞いてみるのが一番ではと考えました。


実際、現地でビジネスを行っている方々に話を聞いたところ、自分の抱いていたBoPビジネスというビジネスモデルは簡単に崩されました。自分の中のイメージではBoPは企業も儲けて低所得者層も支援できる理想的なビジネスモデルだと思っていました。しかし、単純にBoPビジネスといっても、それに対する現地の日本人の企業、企業家の方々の考え方は皆少しずつ違いました。そのなかでも皆さんが一貫して言っていたのはBoPビジネスは誰もが得するような夢のようなではなく、利益追求をせざるを得ない企業側の立場からすれば、実際はもっと現実的に考えなければ成り立たないとのことでした。この話を聞き、すごく納得させられましたが、少しショックな部分もありました。しかし、夢のようなあいまいなBoPビジネスモデルのままでは通用しないという事実を知らなければ何も始まりません。


まだ、活動を始めてからは二日目ですが、現地の方に直接お話を聞いていなければ、私の中のBoPビジネスのイメージはただの空想論のままでした。自分の足で現地に訪れて初めて分かることが本当にあり、「百聞は一見にしかず」とはこういうことなのかなと、実感させられました。


今日はいろんな意味で疲れましたが、明日以降も様々な発見をすることができることを期待して残りの時間を有意義に楽しみたいと思います。


【渉外局二年 成田遼平】
posted by S.A.L. at 03:51 | Comment(0) | 2011夏-カンボジアスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カンボジアの子供たちと出会って

カンボジアスタツア3日目。
教育班は、公立の小学校と孤児院を訪ねました。

率直に、子供たちの笑顔がすっごくかわいかったです^^

孤児院に行く前は、
子供たちはつらい過去を背負っていて心を閉ざしてるのではないか、
おとなしくてあまりコミュニケーションがとれないのではないか、
などというマイナスのイメージがあったけれど、
そういうイメージはいい意味で覆されました。

子供たちはとても明るくて人懐っこくて、
披露してくれた民族舞踊を踊っている姿や
私たちにに思いやりをもって接してくれる姿は、
この子達に親がいないという事実を感じさせませんでした。

でも、子供たちに孤児院での生活をインタビューしたり、
小学校で孤児院の子が差別されているをいうお話を聞いたりする中で、
子供たちは、孤児院の生活を楽しみながらも親に会いたいと思っていたり、
自身が孤児であることを日常的に感じてしまったりするのだと思うと同時に、
カンボジアでは家庭の貧困ゆえの孤児が当たり前に存在するということ実感しました。



スタツア3日目を終えて、
さまざまな支援の対する考え方やあり方があって
そのどれが正しくてどれが間違っているとはいえない
からこその支援の難しさを感じています。

これからのスタツアの中でさまざまな考え方を知り吸収し
自分の考えを深めていきたいと思います。


国際局1年 三井薫子
posted by S.A.L. at 02:27 | Comment(0) | 2011夏-カンボジアスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

カンボジア2日目

今日の午前中はバラックスラムに行ってきました。バサックスラムとはカンボジアの中心部から少し離れた郊外にあります。そのなかで、貧困のために学校に通わせることが出来ない親元を離れた子供たちが30人ほどで共同生活をしている場所に行きました。下は2、3歳から上は18歳までいて学校にも通っています。

子供たちは本当にかわいかったです。行く前はどんな子供なんだろうと心配したけれど、ついた瞬間に抱きついてくる人なつっこい子達ばかりでした。しかも、ヘビーローテーションやソーラン節を踊ってくれました!思い描いていたバサックスラムと全然違っていたのに驚きました。環境も良いとはいえないけれど、井戸も敷地内にあったりしてととのっていました。なにより子供たちは親元を離れているとは考えられないほど元気でした。

たくさんいる子供たちの中でもスレイノウという14歳の女の子と結構一緒にいたのですが彼女は日本語の読み書きもできて、ほどんど日本語で会話していました。また、私に日本のこともたくさん聞いてきて、好奇心旺盛だったのでもしも教育がととのっている環境にいたら優秀であったと思いました。だから、このような子供たちのためにも教育をととのえることが本当に必要だと感じました。

その後、私たちはCIESFという主にカンボジアの教師の育成をしている団体を訪問しました。そこではカンボジアの教育の改善の必要性を知りました。実際に子供たちと触れ合った後であったのもあり、子供たちのためにも良い教育が受けられる環境になるといいなと思います。

カンボジアスタツアはまだまだ続きますが、思い描いていたものと現実との違いを今後も実感していくと思います。感じたことを忘れないで大切にして、日本にもって帰りたいです。






posted by S.A.L. at 03:08 | Comment(0) | 2011夏-カンボジアスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月13日

カンボジアのガンディー

マハ・ゴサナンダという人がいます。内戦直後のカンボジアを歩き、非暴力による平和の実現を訴えた僧侶です。人は彼のことを「カンボジアのガンディー」と呼びます。

生前、彼は寺院を訪れた人に言いました。
「あなたがもし知性だけを持って世界の中を動くなら、片足で歩くことになる。もし共感だけを持って世界の中を動くなら、片足で歩くことになる。だがもし、知性と共感とをともに持って世界の中を動くなら、知恵を得る。」

この言葉を聞いて、ギクッとしました。「自分はいままで、共感という片足だけで世界を歩こうとしていたのではないか。」そんなことに気付かされたからです。

去年のスタディツアー、僕は大きな期待を抱いていました。『百聞は一見に如かず』という言葉を信じ、「とりあえず見てみないと始まらないっしょ!」と、事前知識もあまり無いまま、意気揚々とカンボジアへ乗り込んだことを覚えています。

いざ現地に到着して、物乞いの子供に会って、ショックでした。ゴミ山を見て、衝撃を受けました。でも、どうすれば問題を解決出来るのか、何が根本の原因なのか、全然分かりませんでした。結局それらの衝撃は、帰国して時間が経つに連れて段々と薄れ、消えていきました。

たしかに、現地に足を運び、生で見たものや感じた気持ちはとても大切です。しかし、例えどんなに高尚な考えや熱い気持ちを持っていても、知識の伴わないそれは、何の役にも立ちません。言い方は悪いかもしれませんが、知識が伴わない感情はちょっとしたブームみたいなもので、時間が立てば風化してしまう頼りない力であり、問題を解決へ導くことは決してないと思うのです。何かの問題を解決したいと願うなら、まずは正しい知識、つまり「知性」という武器を持つこと。これを用いる原動力が「共感」というもので、この両輪が揃ってこそ、問題に立ち向かう力が発揮されると思います。

明日から始まるスタディーツアーは、ゴサナンダさんの言葉を借りるなら、「知性」を得ることが大きな目標です。現地で活動するNGOの方や、ビジネスマン、孤児院の子供達、大学生など、様々な目線でカンボジアを見ている人々と交流することで、まずはカンボジアを学ぶこと。それから、自分達に何が出来て何をするべきなのか、自分なりの意見を持つこと。この2つを目的として、スタツアを実りあるものに出来るよう、メンバー一同頑張りたいと思います。

【国際局2年 原 望】
posted by S.A.L. at 11:09 | Comment(0) | 2011夏-カンボジアスタツア- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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