2011年09月23日

散歩


エルサレム最後の夕方、新市街をしばらく散歩してみました。
歴史ある古い建物の中に新しいお店が立ち並び、美しくてとてもいい街です。
今日はシャバット(安息日)ですので、街には家族連れや恋人同士との団欒を楽しんでいる人々が町にあふれています。

公園に入ってみると正統派イスラエル人の家族が目に入りました。
小さな男の子と女の子が遊んでいるのを、両親が微笑みながら見ています。
「幸せそうだなあ」と思いしばらく眺めたあと、ほっこりした気分になり宿へと戻りました。

はるか遠い昔、国を失ってしまったユダヤ人はナチスのホロコースト以外にも何千年もの間様々な場所、様々な時代で差別を受けてきました。
差別や殺されることを恐れることがなしに
家族と団欒すること、恋人とデートすること、友達同士で遊ぶこと。この貴重さを彼らは知っています。

私は散歩をしながら、彼らが何千年も求めていたものは「ユダヤ人国家」ではなく、私が散歩をしながら見てきた差別や恐怖から解放された幸せな休日や何気ない日々ではないかな、と感じました。

彼らは今、何千年も求めていたであろうものを手に入れています。
「良かったね」と公園で見た家族や街に行き交う人々に向かってつぶやいてみました。





一方、彼らの幸せな休日の向こう側に「分離壁」という名の檻に閉じ込められている人々がいます。

その人々は壁の向こう側に行くことができません。
当然、ここエルサレムにも。



壁の向こう側の幼い子供が母親に尋ねます。

「あの壁の向こう側には何があるの?」
「どうしてあの向こうに行っちゃいけないの?」

母親はただ悲しそうに首を振っています。

彼らは土地を追われ、壁の内側に押し込まれ、そこで生きていきます。
突然家を壊され、家族を殺され
たどり着いたこの場所で

高い壁に囲まれ、学校や職場への道を封鎖され、
どうしようもない「怒り」「絶望」「嘆き」を抱えながらも
次の世代に望みを託し、なんとか生きています。



ユダヤ人は彼らをテロリストと呼びます。


でも、彼らが求めているものはあなた方と同じです。
差別や恐怖なしに家族と団欒したり、恋人とデートしたり、友達と遊んだり。
そういった何気ない日々や幸せな休日なのです。

何年後か何十年後かに、この街のあの公園にパレスチナ人の家族とユダヤ人の家族どちらもが楽しそうに遊んでいるのをしばらく眺めながら、また「良かったね」と心から呟く日が来ることを心より願います。

イスラエルスタディーツアー 渉外局 白川紘樹

posted by S.A.L. at 16:43 | Comment(0) | お知らせ,イベント情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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