2011年09月21日

【2011夏 ヨルダンスタツア】命に国境はない

「命に国境はない」

スタディーツアーでお世話になった高遠菜穂子さんが、絵はがきに書いてくださった言葉だ。




今回のヨルダンスタディーツアーを通して、私は多くの難民の人々に出会った。
みんな私達を最高の笑顔と抱擁でむかえ、明るく優しかった。しかし今までのブログにもあったように、彼らは親や友人が殺されたり銃を突きつけられたりと、想像を遙かに超える辛い経験をしていた。

ヨルダンにいる難民のほとんどが熾烈な過去を抱えているが、ニュースになることはない。日本でもし同じようなことが起こったとなれば、大ニュースになる。

失われてもいい命と、失われてはいけない命とは何か。




日本にいる間、 私は戦争がなくなって平和になって欲しいと思う半面、どこかで「しょうがない」と自分に言い聞かせていた。 世界には私が知らない事情がたくさんある。いわゆる「大人の事情」。 だから仕方ないのだと。
しかし、ヨルダンで出会った人々を前にして、私は「しょうがない」と思うことはできなかった。彼らをすごく身近に「人」として感じたからだ。世界には今も紛争や貧困に苦しむ多くの国がある。そこには確かに人がいて、その一人一人には人生が存在する。私と同じように親がいて、友達がいる。日本でニュースを見たり学校で勉強をしたりしている間に、私はそんな大切なことを忘れていた。日本で情報を得るばかりで頭でっかちになってしまっていた自分を、恥ずかしく思った。


世界の人々にはそれぞれ国籍があり、人種があり、宗教がある。しかし、命の重さに国籍も人種も宗教もない。みんな同じ人間であり、同じ命である。命に国境はないのだ。それなのになぜ、国や宗教が違うからといって、人によって人の命が奪われてもいいのか。私はこのスタディーツアーの間、もどかしくて虚しくてどうしようもない気持ちに何度も襲われた。


「理想論だ」と言われるかもしれない。「しょうがないだろ」と言われるかもしれない。
しかし、私達と同じように生活しているだけの人の命が、人を思うことのできる人の命が、失われてもいい命だと言うのなら、失われてはいけない命がどんな命なのか、私には分からない。


「しょうがない」で終わらせるのではなく、「理想」を実現させようと努力しつづけることで、いつかそれが「当たり前なこと」に変わるのだと私は信じたい。


ヨルダンスタディーツアーを終えて、いま心から思う。
世界に平和がおとずれますようにと。


【イベント局2年 鈴木友佳子】
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