2011年09月17日

笑顔

  ぎらぎらの太陽に、夜でも鳴り響く車のクラクション。毎朝街中に聞こえるコーラン、レストランから漂う水タバコの香り…
  2週間のヨルダンスタツアも折り返し地点を過ぎた頃から、このようなヨルダンの日常に、驚くほど馴染んでいる自分がいます。

  昨日、私はイラク出身のとある少年の家を訪れました。彼は、とにかく笑顔が素敵で、映画好きの15歳。現在は、首都アンマンから車で少し走ったところで、母・弟2人・おばさんと暮らしています。
彼の父は、彼が7歳のとき、イラクのバクダッドで殺されました。当時その地域で宗教的マイノリティーであったために、仕事の帰り道、何者かによって銃殺されたのです。数日後、彼自身もおばさんと一緒にいるところ、連れさられそうになったことがあります。それを機に、安全を求め、家族でヨルダンに移ったのです。
  彼の母は乳ガン・骨肉腫・肝臓ガンにおかされ、薬治療を受けています。薬の副作用により髪は抜け落ち、右足全体に痛みが残っています。
最も衝撃を受けたのは、実はあの笑顔の少年、そして兄弟全員がサラセミアという病気だったのです。
国連からの支援は行き届いておらず、薬を購入する十分なお金がないために、母の分だけかろうじて、しかし3人の薬は購入できずにいるのです。

  私は思いました。世の中には、戦争をしたり武器を作るお金はあるのに、病気を治すためのお金が十分にないなんて…
  純粋に、家族みんなで暮らしたいと、ただそう願う家族に立て続けに病が降りかかるなんて…

  それでも、父の代わりに、母のためにと、率先して家事を手伝い、弟を守り、母を守る15歳の彼。母と話している彼の顔には、今も忘れられないくらいまぶしい笑顔が輝くのです。

  ワディラム砂漠で、沈んでゆく太陽を見て、私は彼の笑顔を思い出しました。まるで太陽のように周りを明るく照らし、人々を笑顔にできる彼を思い出して、涙が出ました。
  私はこの旅で、たくさんの笑顔に出会っています。私ができることは、この笑顔を消さないよう、全力で学び、感じ、伝えることだと思いました。日本に戻ったら調べたいことがたくさんあります。もっと知識を増やして、またこの地に来たいです。そして残り2日、彼の笑顔を胸に、ヨルダンライフ充実させます。

広報局1年 木藤真夕
この記事へのコメント
本当に、イラク戦争がなかったら彼らの運命はまったく違っていたでしょうに.......。そう思うと悔しい.....。日本人の私がそう思うのだから。
イラク戦争がなければ劣化ウランもあびなかったし、宗派対立による父親の死もなかったでしょう。おそらく3人の子どもたちは両親とともにバグダッドの片隅で平和に生きていたことでしょう.....。一部の人間たちの野望のためにどれだけ多くの人が困難な人生を歩むことになったのか。その罪の重さを戦争を行った人間たちは自覚してほしいと思います。
Posted by Akemi Hosoi at 2011年09月19日 10:52
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