2011年05月29日

愛着


今年卒業した私の先輩から聞いた話を紹介します。
彼は高校校生のころ、カンボジアの地雷原に行く機会がありました。
その地雷原では、どんなに地雷の注意を促す看板が立っていたって、人々は地雷地帯に踏み入っていくそうです。「識字率の問題も少しはあるはずだが、なんで入って行くんだろう?」
そう思った彼がそのうちの一人に疑問を投げかけると、
「自分たちが暮らしてきた土地で、自分たちが食べてきたフルーツを食べたかったから。」
そう答えられたそうです。
*
私はこの話を聞いて大きな価値観の差を感じると共に妙な納得を覚えました。
彼が危険を冒してまで果物をとりにいくのは、「愛着」なんだと思います。フルーツへの愛着、自分の土地への愛着、自分の国への愛着。
一見理解できないような行動も、その根源を知れば納得できる。
何を大切としているのか、何に愛着を持っているのかを理解しようとすることは、その人を理解するための大切な要素だと思いました。

広報局 杉本将太
posted by S.A.L. at 07:18 | Comment(3) | お知らせ,イベント情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
フルーツを食べたかったら。ってめっちゃ深いね。愛着ってしたのは無理やり感あるけど表現的におもしろかったよ
Posted by せや at 2011年06月02日 03:49
その話すごいね。
「一見理解できないような行動も、その根源を知れば納得できる。」すごい同感です!
ふと思ったんだけど、他の人の価値観とか考えとか理解しようとしたけど理解できなかったことってある?逆にそういう時どうするか考えても面白いかも!
おつかれさま*
Posted by ななみ at 2011年06月02日 22:51
価値観の違いって本当に難しいよね。

自分たちの理解の範疇を超えてしまうこともあるだろうし、(心底納得、共感するまでに時間を要する)。

もし、自分がカンボジアに住んでいて、フルーツに愛着をもつことが出来る?

その根源はじゃあそもそもどこから派生してきたものなのかな?

そんなとこが気になりました^^

コンパクトでいい文章だと思ったよ!すごく読みやすかったです☆おつかれさま。
Posted by かほ at 2011年06月06日 08:19
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