2011年04月30日

「定型」について

大学に入って、4回目の春を迎えました。入学当初思い描いていた私なりの「3年後の自分」とはちょっと違うけれど、それはそれでいいものだと思っています。
今日は、私が最近違和感を覚えている「定型」についてお話をしてみたいと思います。特に新入生には、心の隅において欲しい考えです。

私は10月ぐらいから細々と就職活動を始めて、今日までいくつかの集団面接というものを体験して来ました。要するに、周りの学生が見ている中で自分を会社にPRするのです。

人事「では、自己紹介をしてください」
A「××大学の◯◯といいます。長所は我慢強いところで、学生時代は…」
B「△△大学の◆◆といいます。私の強みはリーダーシップがあることで、学生時代部長を…」

と言った具合にみんなが似たような口調で似たようなことを話します。でも、自己紹介ってまずはあいさつありき、そのあとは名前であるとか自分の関心がどういう方向にあるのかとか、もっと具体的で自分らしいプライベートなことを話すべきではないでしょうか?

もちろん、面接官に自分を印象づけたいのも分かるしよく見られたいのも分かる。けど面接の本質的なものって、自分が何を考えてどう行動してるかってこととその傾向が企業にマッチしてるかを判断してもらうことですよね。

型にはまるということは、すごく楽だし、周りと同じだから安心感を得られるかもしれない。だけど、それは人から想像力や表現力をどんどん奪ってしまうのではないでしょうか?

国際問題は、特にそんな想像する力が必要とされる問題です。身近じゃないことを伝えるって本当に難しい。伝え方の答えもないし、誰もそれを教えてはくれない。でも、そのHOWを自分たちで考えぬくからこそ定型的な「困っている人を助けましょう」といった啓発以外の方法をSALは行っているのだと思います。複合型イベント然り、ドキュメンタリー制作然り。

型にはまるのが必ずしも悪いわけではないけれど、やはり「自分でとことん考える」ことは、投げやりにしてはいけないと思います。
自分らしさとも違う、とことん考えるという癖はきっとどんな問題や場所でも活きるはず。take actionの下準備としての、think deeply。みなさんも定型について是非この4月にゆっくりと考えを巡らせてみてはいかがでしょうか?

広報局4年 赤津
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2011年04月27日

パリにて

広報局の松本です。
今回は、僕が先月行った10日間のパリ旅行について書こうと思います。
震災直後の旅行だったので少し暗い報告になってしまいましたが、最後にパリの文化についても書いてみました。読んでみてください。


出発は、3月19日の深夜。正直、期待や不安や若干の後ろめたさが入り交じって、複雑な心境でした。
大地震から1週間と少し。まだ日本は慌ただしく連日悲観的なニュースが流れていて、この時期に旅を決行することの是非や意義について、色々と考えざるを得ない状況でした。
フランス政府の原発事故に対する素早い反応はもちろんニュースで知っていましたし、
自分たちのような日本からの観光客が、この時期にどう受け止められるのかという素朴な疑問もありました。

現地では、思ったほどに日本のニュースが大きく取り上げられていないことに驚きました。
当時は、リビア情勢がフランスにとって極めて深刻なニュースであったため、相対的に扱いが小さくなったのだと思います。
フランス人と接する時も、思った以上に避けられもせず、逆に気遣われもせず、拍子抜けした覚えがあります。
そんなわけで、数日の間は、震災のことをあまり意識せずに過ごしていました。

震災のことを再び思い出したのは、現地に留学している日本の学生と話したときです。
彼は、僕よりもずっと不安げな様子で、震災後の東京の様子について尋ねてきました。
被災地の被害状況や自分の家族の安否がわかっても、自分が住んでいた東京の「日常」がどう変わってしまったかは、まったく想像がつかず怖かったそうです。
思えば僕たちは、計画停電や大学の授業開始の遅れ、停止したエスカレーターなどの非日常にもゆるやかに適応して、それなりに納得して前向きに生活を始めていたように思います。外からそうした変化について耳にするのと、実際にその渦中で変化に適応していくのとでは、やはり不安感が違うのでしょうか。


やはり、どうしても震災関連の話題が中心になってしまいます。
震災を強く意識しての旅行になったので、当然、物の見方も震災に引きつけた視点になってしまったり…。
自分の心持ち次第で物の見え方が全然変わってくるということも、今回の旅行で学べたことの一つかと思います。

とはいえ、もちろん向こうで感じたのは震災関連のことばかりではありません。
今度はパリで見つけた文化の興味深さについて報告したいと思います。


パリは、外食が高いです。カフェで軽く食べようと思っても、1000円近くはします。その代わり、自炊は比較的安く済みます。
そんな中、そこそこリーズナブルでお腹もいっぱいになる外食として、中華料理、フォー、クスクスなどのお店が人気です。
補足しておくと、フォーはベトナムのポピュラーな麺料理で、クスクスは北アフリカの粉の料理です。
また、手軽に外で食べられるファストフード的なものとして、ケバブも大人気のようです。
フランスでは、これらは単に珍しい異国の料理としてもてはやされているわけではありません。
様々な地域・国の伝統料理が移民によってもたらされ、フランスの食文化に定着したようです。
中華も、フォーも、クスクスも、テーブルにはクロスが敷いてあり、ワインも一緒に出てきます。
僕は以前カンボジアでフォーを食べたことがあったのですが、それとは全く異なっていて、「フランス料理としてのフォー」という方がしっくりくるような感じでした。
同席していた方によると、アジアからのフランス移民には複雑な歴史があり、文化の輸入もまた、複雑な背景が経緯があるようです。
歴史も文化もまったく異なる国同士で、例えばフランス式の作法で出されるフォーのような文化の融合が起こっているのを目の当たりにして、食文化のたくましさや、フランス文化の懐の広さを実感しました。
フランスは人種ではなく、自由・博愛・平等という「言葉」で一つになっている国なんだ、という話を以前知人から聞きましたが、一つの国家を支える理念や歴史的背景の違いが、そうした細かな文化の受容の在り方にまで影響を与えているということが驚きでした。日本の中にいるだけでは、なかなか体感的に理解できないことだと思います。
フランスのそうした在り方と比較して、日本はどういう特徴があるだろうか。考えてみるのも面白そうです。というか、それを否が応でも考えさせられてしまうような、強烈な体験でした。
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2011年04月25日

1年生の皆さんへ



こんにちは。
広報局2年の沼井柚貴乃です。



先日説明会に来てくれた1年生、本当にどうもありがとうございました!
メンバー一同、皆さんにお会いできる日を心から楽しみにしていました。
あんなにもたくさんの笑顔に出会えたこと、本当に嬉しく思っております。



短い間ではありましたが、私たちS.A.L.のこと、少しでも知っていただけたでしょうか?



もちろん、これからも説明会はありますので、まだの方もじゃんじゃん参加お待ちしております!









大学生活は長いようで、とても短いものです。
私も、つい最近入学してS.A.L.に入ったような気がするのですが、
1年は早いもので、気がついたらもう、2年生。
去年の今頃、先輩たちに勧誘されたことが懐かしく思えます。



この1年間、S.A.L.のみんなとの思い出はたくさん。



一つのイベントを成功させるために、何度も会議で話し合いを重ねたこと。
当日、お客さんのステージに見入った表情を見たときは、思わず息を呑みました。


初めて訪れた、カンボジア。
見るもの全てが新鮮で、確実に私の心を動かし、今も変わらず原動力となっています。


活動家な人もたくさんいるから、毎日が刺激的。
真面目な話も、おちゃらけた話も、このメンバーだからこそ共に出来たのだと思います。



日々の中に癒しと、笑顔と、スパイスを。
そんな大学生活を過ごすには、ここ、S.A.L.はとっておきの場所です。





この気持ちを、1年生の皆さんとも是非共有していただきたいのです。

あなたの実力を発揮する場としてもよし。
あなたの世界を広げるきっかけにするのもいいと思います。
そして、欠けがえのない仲間を探すのにも、これとない最適な場所なのではないでしょうか。

想いがあれば、何でも出来ます。
学年なんて、関係ありません。
それがS.A.L.のいいところ。

皆さんの笑顔にもう一度出会えることを、心よりお待ち申し上げております。

WELCOME TO S.A.L. !!



posted by S.A.L. at 15:32 | Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月24日

最期の場所

 遅くなりましたが春休みに2週間行ったインドスタツアの報告をかねて綴らせていただきます。


 インドの聖地、バラナシ。そこは聖なる河、ガンジス河が流れ、多くの人々を呼び寄せる。輪廻転生を目指したヒンドゥー教徒たちは自らの遺灰をこの聖なる河に流すことを願う。またこの町で死を迎えようと各都市から「最期の場所」として選ぶ信者もいる。いったい何が人間を惹きつけるのか。答えを探し求めに再び私はこのバラナシを訪れた。

 乾季により夏のような広大さを失った母なるガンガーは、それでも偉大であった。ゆっくりと河は流れ、その沿岸では罪の浄化を信じたヒンドゥー教徒たちの沐浴が行われている。川岸にある階段、ガートを歩くと木が燃えた匂いと合わさってなんとも説明しがたい異様な匂いが鼻につく。火葬だ。この匂いの発信源からは煙が立ち昇り、遺体の氏族、そして観光客がそれを囲む。眼前に広がる燃え行く死体の姿。観光地化したそれはまるで倫理観を超えた全ての人間を巻き込んだ盛大な儀式を思わせた。

 人生二度目のバラナシの火葬場、インド人から声をかけられた。「ここでは遺族しか見ることが出来ない。観光客はあの建物から見るんだ。」指で示されたそこは見覚えがあった。夏に同じ理由で誘い込まれ、1500ルピー(3000円)を騙し取られたあの場所だ。しかも、声をかけてきたのは紛れもない前回と同じ人だ。彼は自らをカースト制度最高階級のバラモンだと言う。輪廻転生やカルマに触れ、死者を燃やす薪代として請求された金を払わなければ不幸が訪れると、宗教を交えた彼の話に、そのとき私は金を渡した。そして今回、再び騙されそうになったのだ。何故だか嬉しい再会であった。誘いを断り宿に戻りながら心が躍る。

 同じ国、同じ都市に1度ではなく、2度、3度訪れる意味をここに感じた。再会という単純な理由が私に3度目の来印を決心させた。再会は懐かしさだけではなく、自らの成長をも感じさせる。放浪という旅路での出会いが出会いを生む連鎖。これはただ日本で普段の生活をしている中ではほとんど生まれない。沐浴が私の罪を洗ったように、私は長旅を共にしたバックパックの汚れを、家でテレビのニュースを見ながら落とした。

【文責:広報局 瀬谷健介】
posted by S.A.L. at 21:00 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月16日

★2011年 新歓情報★

学生団体S.A.L.では新入部員を募集中です!


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大学に入って新しい生活にわくわくしている1年生、
なにか始めたい!と思っている2・3年生、
そうでなくても慶應に限らずSALの活動に興味がある方はぜひ見学に来てみてください(^^)

企業への交渉や、フリーペーパー作成、イベント・マネンジメント、スタディツアーなどと、やることはさまざま。
やる気と興味のある人を募集しています!!

★4/20(水) 新歓飲み会@とりのすけ
【集合】17:30 日吉キャンパス 諭吉像前
【時間】18:00~20:00
【金額】1000円(新入生)

★4/23(土) 会議見学&説明会
【集合】12:45 日吉駅 銀玉前
【時間】13:00~ 
※会議後に簡単なお食事会をする予定です。

★5/3(火) 教室説明会
【場所】ι16
【時間】@13:35~16:20 A17:00~18:00

★5/6(金) SFCキャンパス新歓食事会@采蔵
【集合】17:30 湘南台駅西口ドトール前
【時間】18:00~
【金額】1500円
【参加連絡】参加希望の方は名前を添えて、必ず《5日まで》にTwitter@ryoko_iino宛にDMにて連絡お願いします!

★5/7(土) 全体会議見学
 詳細決まり次第、Twitterやブログにてお知らせします。

★以後も会議見学などを設ける予定です!!

◎S.A.L.とは
S.A.L.は、08年から活動を開始した学生団体です。国際問題を、他者(特に学生)に啓発する(Send out)、救う(Aid)、そして自分たちが学ぶ(Learn)という三つの事柄を根幹に、日吉,三田キャンパスと合同で活動しています。

昨年度はカンボジアでのプロジェクト、インド,チベットへのスタディ・ツアーを開催。また、渋谷のclub@asiaではチャリティ・ライブイベントを行い、赤レンガ倉庫にて写真報道誌DAYS JAPANと写真展イベントを共催しました。
この6月にも、また渋谷にてチャリティ・ライブイベント「LIVE&PEACE 3rd」を開催します!ぜひお越しください!

メンバー同士の交友も盛んで、他キャンパスとの合同サークルのため、友達の幅も広がります。


去年の年間スケジュールを紹介するので参考にしてみてください!(^^)

◎2010年度 年間スケジュール
4月24日 LIVE&PIECE 2nd @渋谷 club@asia
5月 新歓合宿
6月 ジャーナリム研究会発表会
7月 キャンプ
8月14-15日 夏フェス"LAUGH&PEACE"@横浜赤レンガ倉庫
夏休み スタディ・ツアー(インド,カンボジアなど)
2月 スノーボード合宿
3月 会議合宿
3月 スタディツアー

◎連絡先
何か質問などありましたら
sal.officialinfo@gmail.com
までどうぞ!

◎Twitter
新歓情報を含め、いろいろつぶやいています!

@sal_keio
http://twitter.com/sal_keio
posted by S.A.L. at 18:27 | Comment(0) | 新歓情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「日本の力を信じてる」

こんにちは。
代表の武井ヒロアキです。

もうすっかり春の陽気。
街では子どもたちが半袖シャツで走り回っています。


さて、東日本大震災の影響で予定が大幅に変更されていた、新入生のためのオリエンテーションがついに始まりました。

S.A.L.では今年も新しいメンバーを募集しています。
S.A.L.に興味のある方はキャンパス内で「S.A.L.」の看板を探してみてください。
みなさんに会えることを、楽しみにしています。


4月20日には日吉で食事会を開催します!
是非、気軽に足を運んでみてください。




さて、春休みの終盤に東日本大震災は起きました。

多くの命と、多くの現実を奪った今回の震災に、

大学生である僕らは人一倍強く、この悪夢に敏感に反応しました。

大学生である僕らは人一倍強く、この悪夢について話し合いました。

大学生である僕らは人一倍強く、この悪夢に立ち向かうべきだと考えました。




大学生である僕らは誰よりも強く、自分の無力さを知りました。



そして、僕らの生活は誰かに後押しされるように、次第に「日常」を取り戻しつつあります。



最近、テレビや新聞では、この言葉が多く使われます。

「日本の力を信じてる」

この「日本の力」とは「何の力」でしょうか。


経済力、政治力、国際競争力。それとも、復興力、復旧力。
こんな大学の講義みたいな取ってつけた名前。
僕には、どれもしっくりきませんでした。


僕の信じる、僕に信じることが出来る「日本の力」はもっと他のところにある。
そんなモヤモヤを抱えながら、毎日何度も「日本の力を信じてる」この言葉を聞きました。





そんなモヤモヤを抱えて、新学期を迎えた今日。
去年と何ら変わらないオリエンテーションに活気づくキャンパス。

それを見て、僕の頭をある言葉がよぎりました。

「日常」


未曾有の大震災から一月、僕らの生活はもはや「日常」を取り戻しました。
何かに後押しされるように。




僕らの背中を押す何か。
それこそが、日本のもつ「日常力」ではないでしょうか。


未曾有の大震災が起きようとも、原子力の脅威にさらされようとも、依然と続く強い余震のなかでも、

皮肉なほどに「日常」を遂行し続ける力。

そんな力を日本は、日本人は力強く発揮したと思います。




そう考えると、
僕らが僕らの日常を力強く生き抜くことで、この日常のフロンティアを東京から東北に力強く押し出していく。

それこそが、僕らが日常を取り戻すことの大きな意味であると僕は思います。




大学、バイト、就職活動、サークル、僕らの生活を取り巻く全てが、日常を取り戻して、大きな「日常力」を東北へ。

心から、願います。



posted by S.A.L. at 17:29 | Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月11日

何を見、何を聞く。

そこには灯も音もなかった。あるのは月と星の明かりと風の音くらいか。私は4月2〜8日の1週間を宮城県石巻市で過ごした。2011年3月11日に発生した東日本大震災で被災した地域の震災ボランティアをするためだ。ボランティアへの参加の決断は私にその期間の予定のすべてをキャンセルさせ、多くを失わせることとなった。しかし帰宅した今、失った以上のことを得られたと満足感に溢れている。



 深夜、現地に降り立った私は足を震わせた。これが果たして日本かという光景がそこには広がっていた。灯も音もない闇の世界は、私にまるで映画のワンシーンを見せているかのようだった。生への、復旧への活動が行われる日中、やっと人の「声」が聞こえ始めた。「ご苦労様です。」、「お疲れ様です。」。これがここでの挨拶の返答であった。これは被災者が自分を受け入れてくれていただいていることを感じさせ、喜ぶとともにここが被災地であることを改めて知らせる言葉であった。ボランティアの内容とは、被災した家の家具、泥の撤去であった。作業を行った家の内のある1軒の家。そこは77歳のおばあちゃんの一人住まいの家であった。「ご苦労様です。」と言われ、始まった作業。地震発生4日目にして自衛隊により救出された彼女は、夫の位牌をどうにか探してほしいと言った。「いらない。いらない。」と海水に浸り、泥の付着した財産の多くを捨てて良いと言う彼女。そんな中、泥に塗れた夫の位牌は見つかった。「あった。あった。お父さん、ごめんなさいね。良かった。良かった。ほんとありがとうございました。」と安堵したのか彼女の頬にうれし涙が垣間見えた。これで作業を終了しても良いと思えるような歓声がボランティアから湧き上がる。一緒に涙する者もいた。



 やるべきことはこれである。ボランティア参加は間違いではなかったのだ。二次災害の危険、家の瓦礫撤去作業を雇用創出に用いるべきというような様々なボランティア反対の声が叫ばれる昨今。私が見た被災地の現状は、ボランティアは必要だと自負させた。現場は圧倒的な人手不足、マネジメントの甘さが目に余る。家の瓦礫撤去作業開始は申請から1週間後という現状。消費期限切れの食糧が避難所に届くという現状。出会った多くの人々の声が私の胸を打つ。



 聞こうとしない人には何も聞こえない。また、見ようとしない人には何も見えないのだ。メディアでは知るべき情報のほんの一部しか知らされない。しかし、それを埋めるかのように現場は多くを知らせてくれるだろう。ボランティアという現場の視察が私に多くのかすれ行く声を掬い取らせたように。

【文責:広報局 瀬谷健介】
posted by S.A.L. at 09:39 | Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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