2010年09月29日

無心で打ち込む座禅とは

お久しぶりです、3年の瀧川美紀です。

夏休みも終わり、学校が始まりましたが皆さんどのような夏を過ごされたでしょうか。

私の夏最大のハイライトは、僧僚の知り合いが若者に仏教に触れてもらいたいという思いから企画する【禅の旅】
に参加したことでした。

福井県にある曹洞宗大本山永平寺にて禅僧の生活を体験するという旅。

一日の動きとしては、朝3時に起きて座禅をした後、僧僚のお勤めに参列し、精進料理を戴く。
そしてまた座禅という、日常生活では味わえないようなものでした。

その中でも一番印象的だったのは座禅。


永平寺を開いた道元禅師は「仏道をならふというは自己をならふなり」といって自分の外に悟りを求めるのではなく、
無心になって坐禅にうちこむ姿そのものが悟りであると説きました。

私にとって慣れていない座禅を長時間続けるだけできつく、無心になることはとても難しかったのですが、
慣れていくうちに自分を落ち着かせ、時の流れを体感するという、とても不思議な感覚を味わうことが
出来ました。
また、座禅をする際の姿勢、呼吸からは等普段濁っている俗世にいたら味わえないような空気を吸えるような気がし、
色々と感じることが多かったです。



私は座禅に何時間も取り組む中、
この姿勢は無心になるという点で学ぶ姿勢と似ているのではと感じました。

何を学ぶにも先入観や疑いを捨てて師匠の教えを受け入れないと100%学んだことを吸収できない。
素直な気持ちで、相手を受け入れるそういった姿勢でないと、本当の意味で学んだとは言えません。

この座禅で習った姿勢も日常生活でも取り入れなければな。

そんなことを感じた禅の旅でした。

皆さんも、是非今度仏教に深く触れてみて下さい。
きっと日本人として何か感じるモノがあるでしょう。

posted by S.A.L. at 12:50 | Comment(10) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イベント準備日記1

こんばんは。
イベント局3年の神田桃子です。

突然ですが、みなさんハロウィンの予定はもうお決まりですか?
ハロウィンの夜に今までの活動の集大成として、複合型国際協力イベント【LAUGH & PEACE-こころに、世界に、おいしいひととき‐】を開催いたします!
今回のテーマは「世界の食糧問題」です。

イベントまで約1か月。
一丸となり準備を進めておりますので、ぜひお越しください。

詳細はこちら♪
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学生団体S.A.L.がハロウィーンにお送りする複合型国際協力イベント。

学生団体S.A.L.第3弾となる今回のイベントでは、
ライブや写真展、さまざまなブースを通じて 「食糧問題」にフォーカスを当てて世界に目を向けていきます。

コンセプトは、【しあわせのおすそ分け。】

楽しみながら、笑いながら、食糧問題を知っていきませんか?そして、救っていきませんか?

◎魅入る◎

イベント内容は抱腹絶倒の【お笑い】あり、
驚愕の【マジック】あり、
興奮の【ダンスステージ】あり、
熱狂の【ライブ】ありの濃密な時間になること請け合い!!

◎参加する◎

みなさんが一体となって作りあげるコンテンツも現在準備中!
楽しみながら、そして笑いながら参加できる企画に乞うご期待!

◎考える◎

楽しく賑やかに過ごしながらも、食糧問題について考えるきっかけを提示します!


*本イベントの収益はTABLE FOR TWOに全額寄付され、アフリカの恵まれない子供達の給食費にあてられます。
*さまざまなパフォーマーによる素晴らしいステージ・ライブパフォーマンスの他にも、食販ブースでは世界のめずらしい料理やアフリカで配布されている給食を試食予定です。
また、カンボジアやインドの子どもたちの写真展示、国際協力を行っている他学生団体の出展など、盛り沢山のフロアになっています!


【LAUGH & PEACE-こころに、世界に、おいしいひととき‐】
2010年10月31日(日)
@warehouse(都営大江戸線[麻布十番駅]7番出口 徒歩3秒)
OPEN:16:30
START:17:30

●チケット予約●
学生:当日2000円 予約1500円
大人:当日2500円 予約2000円

チケット予約をご希望の方はこちらへ
http://form1.fc2.com/form/?id=592417

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また、今回は特別企画として、イベント限定ブログ【世界の伝統料理紹介ブログ】も同時に公開中です!

こちらではイベント当日に食べたい料理を皆さまに選んでいただき、
上位5位までに選ばれた料理をメンバーが実際に作ります。
その上で、さらに決選投票をしていただき、見事1位に輝いた料理をイベント当日に試食として配布する企画です。

さまざまな国のめずらしい、おいしい料理が目白押しですので、こちらも要チェック!

他にも、さまざまな企画が盛りだくさんです。
詳しくは次回以降の記事で。


ハロウィンの夜はぜひ麻布十番warehouseへ♪
メンバー一同お待ちしております。
posted by S.A.L. at 02:51 | Comment(1) | お知らせ,イベント情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月28日

Tシャツプロジェクト


こんばんは。
広報局1年沼井柚貴乃です。

9/19に約一周間にわたるカンボジアのスタディツアーからから帰国しました。
私たちはMake the heavenというNGO団体の方々と行動のほとんどを共にし、
彼らが支援するバサックスラム街に足を運びプロジェクトを実施してきました。
今回は、私たちの行ったそのプロジェクトについて書いていきたいと思います。

私たちのプロジェクトの一番大きな役割は、バサックの子供たちにTシャツを届けること。
バサックはMakeさんが支援活動をしているスラム街です。
子供たち一人ひとりの笑顔を見るため、喜びの声を聞くため、私たちは2ヶ月間会議を重ねに重ね、取り組んできました。

このプロジェクトでまず始めに行ったのは、日本の学童に足を運ぶこと。

学童では始めに、子供たちに「夢ボード」の作成を行ってもらいました。
夢ボードとは、将来の夢や「こんな風になったらいいな」という思い描く未来についてスケッチブックに描いてもらったものです。
その後、事前に家から持ってきてもらえるよう伝えてあったTシャツを着て、
描いた夢ボードを手に持ってもらい、私たちがその姿を写真におさめました。
その持ってきてもらったTシャツをカンボジアに届けることになるのですが、
ただTシャツをカンボジアの子供たちに「あげる」という感覚を日本の子供たちに持ってほしくはなかったため、
そのTシャツに対し愛着を感じてもらえるよう、子供たち自身の手で洗濯を行ってもらいました。

そして、きれいに洗われたTシャツと写真を持ち、私たちはカンボジアへと立ったのです。







バサックに着き、目にしたものは本当に驚くべき光景でした。
雨期のためぬかるんだ地面にゴミが散乱し、異臭が漂っており、
車を降りその光景を目にしたときは、ここに暮らす子供たちの衛生環境、
健康状態がとても心配になりました。


しかし、そう思ったのもつかの間。
車を降りてきた私たちの手をぎゅっと握り、元気な声で「こんにちは」と笑顔で出迎えてくれる子供たちがいたのです。
彼らはとても親切に、私たちを彼らの暮らす学校へと案内してくれました。
私はとても温かい気持ちになりました。


さて、そのバサックで行った私たちのプロジェクトですが、まず日本同様バサックの子供たちにも「夢ボード」の作成を行ってもらいました。
みんなとても絵が上手で、日本語で説明を付け足してくれたりもするほどでした。



夢ボード作成が終わったら、いよいよ子供たちにTシャツのプレゼントです。
Tシャツを受けとった子供たちの顔は、喜びであふれていました。
嬉しそうにTシャツをかかげる子や、すぐに着て見せてくれる子もいました。
その幸せそうな笑顔を見て、私たちもこのうえない喜びを感じました。
この笑顔を見るために頑張ってきた、本当にそのことを実感した瞬間でした。







最後に。
Tシャツのお礼として、子供たちには日本の子供たちにむけて日めくりカレンダーを創ってもらったので、私たちはこれからそのカレンダーを手に日本の学童へ向かいます。
これがプロジェクトとしては最後の活動になります。
なんだかしんみりした気持ちになりますが、バサックの子供たちにもらった笑顔と元気を思い出し、胸を張って学童の子供たちのもとへいってきたいと思います。



【文責:沼井柚貴乃】
posted by S.A.L. at 00:09 | Comment(6) | カンボジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月25日

カンボジアスマイル

1年の杉本将太です。
先日、約1週間のカンボジアスタディツアーを終えて無事帰国しました。

今回のスタディツアーで一番印象に残っていることは、カンボジアの子供達の笑顔はきらっきらに輝いていた、ということです。とても綺麗な笑顔をしていたのです。

確かに、目をそらしたくなるような現実もたくさんありました。衛生環境の酷さ、地雷の被害で足を失ってしまった人々の苦しみ、親を失った子供達、職がない大人たち。道路の排水状況は非常に悪く、少し雨が降るだけでまるで洪水かのように水がたまります。
私たちがプロジェクトを行ったバサックスラムは私が想像していた以上の「スラム」でした。地面はゴミとほとんど一体化していて、ぬかるんでいました。そんな地面の上には、強風が吹いたら飛ばされそうな家がびっしりと並んでいました。

だけれども、そんなスラムの中にいる子供たちでさえ輝く笑顔を持っていたのです。
あぁ、これが話に聞いていたことなんだとわかりました。感動しました。

***

カンボジアに入国して2日目。車に乗って停車していると、物売りの子供がやってきました。窓越しに必死でなんだかよくわからないものを売ろうとしていました。私たちは何も買わずに進みました。その子供は、遠ざかる私たちに素敵な笑顔で手を振っていました。カンボジアは私にとってとても不思議な国でした。

あの子の1年後は?10年後は?50年後は?
毎日お腹いっぱいご飯を食べれるだろうか?けがや病気はしないだろうか?仕事はしっかりとみつかるのだろうか?家族は?


上から目線とかそんなんじゃなくって、単純に幸せになって欲しい!そう心から思いました。



posted by S.A.L. at 08:10 | Comment(8) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月24日

インドスタツア「サヴァディスタ!」活動報告

こんにちは!国際局1年であり、スタディーツアーインド組・プロジェクト「サヴァディスタ!」所属の高田湧太郎です。
サヴァディスタでは食糧問題をテーマに据えて、インド東岸の街にありヒンドゥー教の聖地のひとつでもあるプリーにて、食にまつわる様々な活動などを見学してまいりました。

食糧問題と聞いたときに、皆さんはどんなイメージを頭に思い浮かべるでしょうか。
僕の頭のなかにステレオタイプな固定観念としてあったのは、アフリカ(特にサヘル地方)においてみられる飢餓の光景でした。
乾燥や伝染病の影響で農業もままならない。かといって貧困から食糧も輸入できない。あたりは、腹はふくれているのにあばらが生々しくも浮かんでいるような、そんな子供たちであふれている。そんな光景です。

しかし、プリーではそのような光景は見られません。
食糧が絶対的に不足しているということは決してなくて、街を歩けばそこらじゅうで食べ物が売られているし、レストランだって山のようにあります。
僕がプリーの郊外にあるスラム(貧民街)を訪れたとき、そこの住民の女性たちがとても太っていたということには、多いに驚かされました。

しかし一方で、プリーでは政府やNPO、そして寺院による食糧配給の支援もなされていました。
このことは、支援なしでは食事にあずかれない人々が存在するという事実の裏付けであるということができると思います。

では、プリーに存在する食糧問題とはなんだったのでしょうか。

それは―ここからは我々の推察も含まれますが―社会格差から生まれた食糧問題ではないのかと思います。
よく知られるように、インドという国はカースト制度の国であり、各々の社会的身分が厳格に定められた国であります。
貧富の差も著しく、きらびやかなアクセサリーを身につけて外車を乗り回す人もあれば、物乞いをして1日を凌ぐ人もありました。
前者の人々の存在によって、表面的には食にあふれているように見えるが、しかしそれゆえに、陰に存在する後者の人々の事実が顕在化しにくい。
そんな「見えない食糧問題」こそがインドの抱える食糧問題だったのではないかと、私たちは考えたのです。

この食糧問題に関する更なる考察についてはまたの機会に譲るとして、今回はプロジェクトの総括として、この一連の流れのなかで僕が感じたことについて述べたいと思います。

それは複眼的な思考というものの重要さです。

人はどうしてもステレオタイプな常識にとらわれてしまいがちです。
そしてそれらは得てして情緒的で、実際との間に齟齬が存在することがままあります。
そしてこの常識に囚われているがゆえに、時に人は見当違いな方向に進んでしまうものです。

だからこそ、私たちはつねに、いま持っているものと別な視点から、私たちの常識を批判・検証しつづける必要があると思うのです。

これは私たちが常に持ち続けるべき精神でありますが、しかし一人では限界もあります。
だからこそ、常に外部からの視点をぶつけてくれる、そんな他者との対話が重要になってくるわけです。

今回の件でいえば、少なくとも僕は食糧問題というテーマについてひとつの常識に囚われていました。
しかしながら、会議のなかで先輩からこれまでと違う視点を提案されたことにより、今まで見えてこなかったものが見えるようになりました。

このように、対話によって知の外部参照ができるような環境は、知的活動をする人間には欠かせないものです。
そしてそんな対話の場として学生団体をとらえたとき、学生にとってそこで活動することはとても意義深いことに思います。

こうして、学生団体の持ちうるグループジーニアスというものの可能性を再確認させられた旅でした。
posted by S.A.L. at 02:24 | Comment(2) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

カンボジア取材プロジェクト班

広報局の松本です。
僕たちカンボジア班は、18日夜にプノンペンを発ち、19日の昼に日本へと戻りました。
長いようで、やっぱり短かったカンボジアでの6日間。

今回のカンボジアが、僕にとっては初めての海外でした。
それだけに、特に健康面での不安は大きかったのですが、何事もなく無事プロジェクトを終えられました。
(実は、帰国の飛行機で発熱してしまい、成田空港で点滴を打って寝込んでしまったのですが、、、一応カンボジアは出発した後なのでノーカウントということで。笑)

というわけで、今日はカンボジアでの活動を振り返りつつ、僕たちのプロジェクトについて紹介したいと思います。
本当は現地で書ければ良かったのですが、あまりネット環境が整っておらず、たよりにしていたホテルのPCも使いものになりませんでした。
電気も自国でつくらずにベトナムなどから買っているようですし、まだそういった面での整備は進んでいないのかな、という印象です。

さて、プロジェクトですが、僕たちの班の目的は、現地調査と問題発見です。
現地で活動する支援団体や、都市・農村で暮らすさまざまな立場・年齢層の人々を取材し、その結果を日本に持ち帰って分析。
そしてそれをもとに問題発見を行い、SALの活動や次以降のスタディツアーに役立てたり、ネット上で公開したり、という形を考えています。

具体的には、訪問させていただいたのは、
・かものはしプロジェクトさん:人身売買に関する活動・農村女性の職業訓練所
・JVCさん:(カンボジアでは農業支援)
・VCAOさん:子供たちの職業訓練所

取材させていただいたのは、
・アンコール遺跡付近の物売りの子供たち
・プノンペン市内の市場の商売人の方々
・プノンペン大学の学生さんたち

となっています。
これらの取材の結果は、今後の会議で何度かアウトプットの方法を煮詰めたのち、何らかの形で発表することになると思います。

さて、ここからは個人的な話も少し混ざりますが、今回の取材で思ったことなんかを、少し書きたいと思います。
1週間近い滞在だったため、もちろんいろんなことがありました。
いろんなことも感じましたが、その中からプロジェクトと絡めて、一つだけ書いてみます。

僕が今回持ち帰った疑問・課題の中でもっとも大きかったもの。
それは、カンボジアの方から聞くカンボジアの現実と、現地で働く日本人の方から聞くカンボジアの現実の間にあるギャップです。

たとえば農村の人々やプノンペンの学生。
どちらに聞いても、「貧しいけど家族がいるから大丈夫。家族のために働く。」と答えます。
お金はないけど、でも食べてはいけてるし、周りも貧しいから平気だ、ということらしいです。
それを聞いたとき、「ふーん、そんなもんか。」と軽く納得しました。
下調べの段階で食料自給率が比較的高いことはわかっていたので、まあ貧しくとも餓死はないのかな、という気がしていましたし。

しかし、支援団体の日本人の方々の話を聞くと、どうもそんなこともないらしいのです。
法律や経済の観点でみると、農家の現金収入の不足、地域格差、都市部の地価高騰、政府のみ利益を得る農業立国という幻想、単なる搾取と化したマイクロファイナンスの実態などなど、数えきれないほどの不安要素があるのだと。

でも、彼らはそれでも、彼らの尺度では幸せなんじゃないのか、と僕は聞いてみました。
返ってきた答えを要約するとこんな感じです。
「日本の人が来てアンケートっていう形だったから、簡単に言えば良い顔しようとしちゃった部分はあると思う」

なるほど、と思うと同時に、
「家族のために」という、模範解答的にも思える彼らの回答は、実は彼らの思いや考えのすべてではなく、複雑なものの中の一部分でしかないのではないか、
本当の意味でに現地の人に取材をするなら、一問一答式のアンケートのような形ではなく、現地の生活に溶け込んだ濃密な信頼関係からなる対話がまず必要なのではないか、
そんな疑問と後悔が一気にわきあがりました。

日本に居てはわからないことを知るための、今回の取材プロジェクト。
もちろん、大きな収穫がありました。
しかしそれ以上に、1回だけの訪問、それも1週間程度ではまだまだ見えてこないものが多い、ということもわかってきました。

でも、現地の声と詳細なデータ、ミクロな視点とマクロな視点を常に抱えたまま、その矛盾点を見極めつつやっていくことは方向性としては間違っていないのかな、という自信も少し持てました。
とにかく今は、早く持ち帰った成果をSALの中で共有して、たくさんの発見を生み出せればな、という感じです。

少し長くなってしまいましたが、以上です。
なんだかまとまりのない報告になってしまいましたが、、また進行状況を報告していけたらと思います。

ではでは、失礼しました。
posted by S.A.L. at 18:46 | Comment(3) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

母なるガンガーを前に


インドなんて二度と行きたくない・・・


そう思ったつい先ほどの1500ルピー(3000円)を騙し取られた瞬間。


今はプロジェクトを無事に終えヒンドゥー教と仏教の聖地ヴァラナシにいる。

目の前には母なるガンガーが流れ多くのヒンドゥー教徒が沐浴をし

火葬場では人が焼かれ町には絶え間なく煙が上がっている。

一昨日までいたプリーより道は牛の糞とゴミが散乱し

これぞ自分が想像していたインドという光景が広がっている。

このヴァラナシこそが自分にインドに対して嫌悪感を感じる考え方に転機を与えてくれた町である。


ここで自分が1500ルピー(3000円)を取られた話しを簡単にしたい。

自分はインド組メンバー2人と火葬場で人が焼かれるのを目の当たりにしていた。

そうすると火葬場の関係者と名乗るインド人がやってきた。

「ここは家族しか立ち入ることができません。観光客はあそこの建物から見てもらっています。」と言う。

そこで自分たちはこのインド人に案内されその建物の中の通された。

彼は別れを告げそこに待っていた別のインド人が自分たちさらに案内する。

火葬場を遠目で見る自分たちにこの者は火葬場、シヴァ神、カルマなど様々な事を教えてくれた。

そうしているとふいに自分たちの隣に一人の老婆が現れ座り込んだ。

彼が言うにはこの老婆の前に座り自分と家族の名前を彼女に告げると幸福が訪れるという。

自分たちはその通りにやった。

すると彼は火葬場で人を燃やすために必要な薪代1500ルピーを要求してきたのだ。

いつの間にか新たなインド人5、6人に囲まれ恐怖と宗教が絡んでいるという理由から自分たちは敢え無くその金額を払ってしまった。

これが自分を冒頭の気持ちにさせた最大の要因である。

それまでちょくちょく騙されてはいたがここまで高額で断ることのできない状況に陥れさせられたのは初めてだったのだ。


心を落ち着けるため宿泊しているホテルの屋上でガンガー眼下にチャイを飲んでいると

冷静になったのかある気持ちが湧いてきた。

こう騙そうとしている人たちも生きるのに必死なのだと。

彼らにとってはしょうがないことなのだと。

仕事がなかったり家族を養わなければならなかったりと様々な環境が彼らを生み

騙し取られた金は社会の中のサイクルに入りまた新たな環境を形作り

そうして日々世界は周り弱者は少なからず生きているのだと。


そう考えているとインドという国に対する嫌悪感は一切消えていった。

これは宗教心のない自分をなんともいえない力で自分の心をを引きこむガンガーと

自分の体内に広がった一杯のチャイが自分の心をある意味沐浴してくれたのかもしれない。


最後にヴァラナシで出会った一人の青年の言葉を紹介しよう。

「一つの国は1週間ではわからない。一つの町は1日ではわからない。」

自分の人生で最低で最高に魅力的な国、インド。

また訪れよう。

新たな刺激を求めていつか知り尽くしたと言えるように。



母なるガンガーを背におよそ20時間の陸路のネパールへの旅がこれから始まる。

【文責 広報局1年瀬谷健介】
posted by S.A.L. at 05:34 | Comment(3) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月18日

青い鳥。

 特別な経験をしました。

 日本では知ることのできない、まざまざとした現実が僕の目の前にありました。

 屋根のない天井。
 ボロボロのTシャツ。
 屋外垂れ流しのトイレ。
 家族を養う為の低賃労働。

 そんな現実です。


 プリーでの出来事。
 一人で、街中を出歩ける機会がありました。
 目的もなくブラブラとしていましたが、知らない街並みに心が浮き上がるようで飽きなどきません。
 さらに、滅多に見かけない日本人が珍しいのか、道行く人道行く人、皆話し掛けてき、それに対し、片言の英語で返すのが、これまた楽しく、心踊りました。

 そんな中、一人のインド人が話し掛けてきました。
 些細な挨拶から徐々に話が盛り上がり、有難いことに僕を自宅に連れて行ってくれることになりました。

 少しばかり歩き、家に到着。
 彼の母親と兄に挨拶をし、中に案内されました。



 驚きました。

 中に入って目にしたのは、半分屋根のない天井と上半分を失った壁。
 穴の空いた壁の向こう側には、無造作に生えた雑草と木々。
 あたかも廃墟のような自宅。

 どうやら水害にやられたそうです。

 父親は既に鬼籍に入り、母親は年老い、二人の兄は仕事に就けず、妹は嫁いでしまった。
 そんな家族の中で、唯一収入があるのが、僕を招待してくれた彼。

 収入があるといっても、一定の収入が保証されているわけではなく、雀の涙ほどのちっぽけな額。
 そんなわずかな収入で家族を養う為、家を修繕する金などなく、日々の生活で手一杯。

 客観的に、且つ、日本人視点から見たら、不幸な生活です。


 しかし、彼はこう言いました。
 「君は私のことが不幸に見えるかも知れないね。
  だけどね。私は幸せなんだよ。


  家と家族があるのだから。」と。
 
 本当に幸せそうな顔で彼は言いました。
 幸せを口一杯に頬張り、じんわりとかみしめているような顔で。

 僕たち日本人にあんな幸せそうな顔ができるでしょうか。


 例えて言うならば、日本人はチルチルとミチルなのかもしれません。
 身近な幸せに気づけず、夢の中を幸せを見つける為、彷徨い続ける。

 身近な幸せの大切さ。
 そんなことを教えてくれた、貴重な体験でした。



 最後に。
 彼には一つ夢があるそうです。
 それは、
 いつか日本に行き日本の地面に口付けをすること。

 彼が日本を訪れるいつかその時、我々日本人が幸せ一杯の笑顔で彼を迎えられますように。
posted by S.A.L. at 19:28 | Comment(4) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月16日

Focus on myself in India 報告 from India

S.A.L.代表、Focus on myself.代表のはたちこうたです。
道端をのうのうと歩く牛や辛い料理にもようやく慣れてきました。

さて。

Focus on myself in India、ついに4日間におよぶ現地でのプロジェクトが無事終了しました。

今回はお世話になったSANATNA LODGEさんの手厚い手助けのお陰様で、
4か所50人以上のこどもたちにカメラを渡すことができました。

孤児院、キリスト教系の学校、公立学校などなど、さまざまなこどもたちの、さまざまな視点を見ることができました。中にはうまくいかない場所もあったけれども、大成功だったところがほとんどです。写真の現像がすべて終わるのが楽しみで仕方ありません。現像までの間のわくわく感、たまらないんです。

*


孤児院でこどもたちにインタビューをしていたとき、何人かのこどもたちが言ってくれたことが、僕の涙腺を本当にちょっとばかり緩ませました。

「いままで自分を表現をする機会がなかったから、ほんとうに楽しかった。そんなきっかけを与えてくれてありがとう」。

自分というひとりのちっぽけな大学生が、こどもたちにこんなきっかけを提供することができたという単純明快な事実。それはこどもたちにとってはとてもおおきな事実であるし、なにかおおきな変化をもたらすようなきっかけにもなりうる事実でした。

Focus on myselfというプロジェクトの主人公は、こどもたちです。

ぼくたちでも、写真を見に来てくださるひとたちでもありません。ぼくたちは、こどもたちが自分で考え、自分を表現するきっかけを提供しているだけにすぎないのです。こどもたち自身が能動的になり、おおきく成長してくれればぼくたちは本当に嬉しいし、それこそがFocus on myselfの意義だと、ぼくは考えています。

今回のプロジェクトを通じて自分を表現することの楽しさ、他者との違いや自己と向き合うたいせつさを感じることができたこどもたちが、これからどんなふうになっていくんだろう。そんなことを考えながら、インド・プリーでの最終日を終えます。

*

10月31日のイベントでは、インドやカンボジア、日本のこどもたちの写真展を開催します。インドのこどもたちの写真に関しては、当たり前だけれども初公開です。みなさんぜひお越しください。
posted by S.A.L. at 23:02 | Comment(1) | Focus on Myself | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月15日

先生と生徒


こんにちは!広報局1年の飯野僚子です。

体調を崩すこともなく無事にスタディーツアー5日目を迎えることができました。
インドでの生活は驚きの連続で、とても充実した時間を過ごしています。



現在、私はプリーというオリッサ州の都市に滞在しています。
とても親切な人ばかりで、居心地のよい場所です。
そこでは写真を使ったFocus on Myself というプロジェクトと、
食にフォーカスしたサヴァディスタというプロジェクトを2組に別れて進行しています。

今日は、私が参加しているFocus on Myself(FoM)プロジェクトでの出来事をお話したいと思います。


私はこの3日間C.S.アカデミーという学校にお邪魔させていただきました。
子どもたちに向けてカメラの使い方を説明するためにインド人の先生に協力をしていただいたのですが、
日本とインドの教育の仕方があまりに違うので衝撃をうけてしまいました。


私たちがカメラの使い方をジェスチャー交じりで説明していると、じゃれあっている男の子たちがいたのです。
11歳くらいの男の子。やっぱりどこの国でもやんちゃ坊主はいるのだなと思った矢先に先生はその生徒を叩いていました。

日本ではこのような光景をみたことがなかったので、叱られていない私もびっくりして背筋が伸びてしまいました。

その後も少しでもお喋りをする生徒がいると先生は「うるさい!」と声を張り上げて叱っていました。

事前に打ち合わせをしたときの穏やかな先生とはまったく違って別人のようでした。



最初はこの光景を受け入れることができませんでした。
今の日本では先生が生徒を殴るなんてあり得ないことなのに、こういう教育が「まだ」存在するのか!と驚いてしまったのです。

でも3日間インドの「先生と生徒の関係」を見てきた今はこの過激に見える教育も大切なスキンシップの一つと言えるような気がします。


なぜなら、どんなに叩いてもどんなに強く叱っても子どもたちは先生が大好きで、とても尊敬をしているからです。
校長先生が登場すると子どもたちは嬉しそうに駆け寄って、先生の足元にひざまづいたり、
自分が撮った写真を嬉しそうに見せたり‥。
本当によい関係が築けているように見えました。


今の日本に学校の先生を心から尊敬して信頼する子どもはどれくらいいるのだろうか。

そんなことをふと考えて寂しくなってしまいました。


今の日本は、殴ることはもちろん強く叱ることもしない先生が存在します。
確かに生徒に手を挙げてしまうのは良いこととは言えませんが、
悪いことを悪いと教えない、子どもと親に遠慮しすぎる日本の教育は違うと改めて感じました。


日本とインドを比べると、どうしても日本のほうが発展していて優れているような気がしてしまいます。
でも、インドから学ぶべきことも十分存在するのではないでしょうか。


インドのスタディーツアーは残すところあと1週間。
色々な経験をして、改めて日本のことを見つめてみようと思います。


posted by S.A.L. at 20:04 | Comment(3) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

タサエンでの生活日記

こんにちは。

2年生の武井という者です。

今年の4月からドキュメンタリー制作に取り組んでおります。



そのドキュメンタリーのメインになる地雷原での撮影を3日まえに終えました。

今日は撮影のロケ地であったタサエンでの生活のお話を少し。




タサエンはカンボジアのカムリエン群にあるタイ国境近くの6個の村が集まった集合村。
いわゆる”ウルルン”に出てきそうな、電気ガス水道といった生活インフラさえもままならない村。



僕たち撮影班はそこで5泊6日の生活を送ってきました。


そこにはJMASという自衛隊OBによって設立された団体が常駐しており、僕たちもそこにお邪魔させていただけることに。



でも、そこでの生活はまさに、自然と野生が全開でした。

朝はニワトリの鳴き声と共に5時30分に起床。6時から朝食。7時に朝礼。7時30分には地雷原へと繰り出します。

そして、地雷原は暑いです。とにかく暑いです。


でも、その酷暑のなか、デマイナー(地雷除去をする人)達は、野球の審判のようなプロテクターとアメフト選手のような頑丈なヘルメット、厚手の軍パン、ゴムの長靴といったユニフォームで作業に当たります。

熱中症で倒れてしまう方もいるみたいです。





僕たちも、その状況で撮影に夢中になっているうちに現地人と間違われるほどに肌が黒くなっていました。
日本に帰ったら、サーファーだと思われるかもしれません。



そして、地雷原での撮影を終えたあとは、村の方々にインタビュー。
タサエンには内戦時ポルポト軍に在籍していたかたが多くいます。

彼らの国を思う正義と信念には圧倒させられました。





そして、宿舎にもどると、溜めてある井戸水で行水をします。
最初は小学校の頃のプールを思い出したり、かなり抵抗がありましたが、慣れてしまえば一日の楽しみの1つになっていました。


そして、おいしいカンボジア料理とビールを飲み、日本語とパソコン教室に遊びにきた近所の子どもたちと楽しい夜を過ごします。あ、ヘビ鍋も食べました。


そして、22時には寝る準備を始めます。


寝床といっても床にゴザを敷いて、蚊帳を張っただけですが、一日の疲れた体を癒すには十分なクオリティーでした。



一日の取材を振り返っているうちに、夢の中に。


そして、また次の朝がやってくるのです。






最初は抵抗のあったこの生活も、慣れてしまえば、ここまで「普通」な生活はありません。
何も無理をせず、何もストレスに感じません。


本当の楽しいってこういうことかなと思う6日間でした。


最終日の朝は、すこし寂しい気持ちでみんなに別れを告げ、、タサエンのメインロードをガタガタ。


タサエンのメイロードをガタガタ。


タサエン、また行きます。


posted by S.A.L. at 17:37 | Comment(2) | お知らせ,イベント情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月11日

いざ、スタディツアーへ

こんにちは、広報局の久保七生です。


今日9月11日、わたしたちS.A.L.のメンバーはインドとカンボジアへ、スタディーツアーに出発します。


今回のスタツアでは、カンボジアとインドへ赴き、それぞれ現地でカンボジアは3つのグループに、
そしてインドは2つのグループに分かれてプロジェクトを実施します。


▽カンボジア
カンボジアでは、日本とカンボジアの子ども達をTシャツで繋げるプロジェクト、
カンボジアの色々な人たちにインタビューを行うプロジェクト、そして地雷原でドキュメンタリーを撮るプロジェクトが行われます。
ドキュメンタリー班は一足先に出発し、すでに現地でドキュメンタリーを撮っています。
(ブログ:http://sal-asce.blogspot.com/

▽ インド
インドでは、農業体験などを通して食糧問題について学ぶプロジェクトと
日本とインドの子ども達に写真を撮ってきてもらい価値観の変化を計るプロジェクトが行われます。


詳しいプロジェクト内容や活動報告は、これから更新されるスタディツアーブログをお楽しみにしていてください!☆



さて。


今回はインドで行われる、
写真を使ったプロジェクト「Focus on Myself」についてお話したいと思います。

Focus on Myself(「FoM」)は、日本とインドの子ども達にインスタントカメラを配り、
テーマにそって写真を撮影してきてもらい、価値観の変化を計るというプロジェクトです。

FoM開始当初から変わらない、子どもに与える3つのテーマ。
「たいせつなもの」
「生活の中でつらいこと」
「自分の国の紹介」

今回は新たに、
「日本人に伝えたいこと」
という質問を増やし、子ども達に問いかけてみることになりました。


これまで日本で1回、そしてカンボジアで2回、同じプロジェクトを実施し今回のインドで実施3回目となる、「FoM」。

果たしてインドの子ども達はどのように考え、写し、伝えるのでしょうか。
そしてそこから私たちは、なにをどのように感じるのでしょうか。

新たな発見、そして学びが、そこにはあると思うとわくわくします。


写真はその場面を、空間を、空気を切り取ります。
“写す”側は何気ない日常を切り取り、カタチにする。
“見る”側はその切り取られた絵を見て、ソウゾウする。

一枚の写真の中にはたくさんのエピソードが込められている、そんな気がします。

子ども達のたいせつなもの、わたしたちのたいせつなもの。
沢山のたいせつなもので溢れて、きっと宝箱のようなプロジェクトになる。

そんな思いを抱きつつ、今日わたしたちはインドに旅立ちます。

これから、メンバーが現地よりお届けする報告にご期待ください!
posted by S.A.L. at 10:25 | Comment(0) | スタツア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

曖昧主義

他の価値観を受け入れることは大切であり、積極的に行っていくべきである。
国際協力の世界では使い古された言葉だろうし、私自身それを理解しているつもりだった。
しかし先日、「価値観を受け入れる」ことの難しさを痛感したできごとがあった。

******

それは、私が韓国に旅行をしたときのことだった。
私は、旅行中に友達である韓国人の家に4泊した。
彼といろいろと話したなかで、韓国の「徴兵制」の話になった。
普段は徴兵の義務は約2年だが、ひとたび戦争が始まれば、約11年に延長されるという。
私は興味心から、
「もしも徴兵されている最中、上官に、国のために今死になさい、と言われたら死ぬ?」と聞いてみた。
すると彼は、
「死ぬよ。国のために死ぬのは本望だし、親もそう言っている。本当は恐いけど。」と答えた。

それを聞いた私は必死になって
「国のために死ぬなんておかしい、'絶対’に間違っている」と説得しようとしていた。
もちろん彼に死んでほしくなかったというのはあるが、
私は相手の考えを受け入れるどころか、それを完全に否定し、自分の考えが絶対に正しいと押しつけようとしていたのだ。

頭では分かっていたつもりでも、本当には分かっていなかった。
それに気づいたのは、帰国した後のことだった。

*****

このように自分の価値観の中で絶対に正しいと思ったことが通用しない時に、相手の考えを受け入れることは
本当に難しいことだと思う。
私たちはこのようなときに、どのようにして他の価値観を受け止めればいいのだろうか?

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結論からいえば、「曖昧主義」のようなものが必要とされているのではないだろうか。
先ほどの例でいえば、私は私の意見を変えるつもりがないし、彼は彼の意見を変えることはないだろう。
このままでは2人の考えは平行線をたどる。
曖昧主義では、こちらの価値観を押しつけるわけでもなく、相手の考えを非難するわけでもない。
どちらが正しい、どちらが間違っている、の二項対立で考えるのではなく、曖昧にする。
2つの価値観の落とし所が、まるでアクション映画の結末のように綺麗である必要などない。
もちろん相手を理解しようと努力することが絶対条件であることは言うまでもないが、
普段は悪い意味で使われることが多く、一見何も考えていないような「曖昧さ」も
相手の価値観を受け止める、という非常にデリケートな問題を扱う際にはひとつの解決策であるように思えた。


【広報局1年 杉本将太】
posted by S.A.L. at 07:33 | Comment(8) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

エコロジー+チャリティ=「ファッション」…?

9月に突入したというのに今年は「異常気象」という言葉通り、想像を超えるほど暑い日が続いていますね。


しかしファッション雑誌を見ると、どのページも秋のおしゃれで満載です。
実際にお洋服屋さんでも長袖やファーの商品など、秋物がぞくぞくと入荷していることに気が付きます。


今回は、そんな「ファッション」にまつわるお話です。


*****

気に入って買っても実際あんまり着なかった服…
もう流行が終わってしまって着る機会がなくなってしまった服…
などなど“タンスの肥やし”になってしまっている洋服に心当たりはありませんか?


そんな誰しもが少しは心当たりある現状を切り口に、ユニークなプロジェクトがアメリカで実行されています。


「Styleta」(http://www.styleta.com/shop.html)はアメリカのハーバード大学の学生によって立ち上げられた、社会型オンラインプラットフォーム。
その仕組みとしては、“タンスの肥やし”になっているブランドの洋服の寄付を募り、それをオンラインサイト「Styleta」で一般ユーザーに販売します。それによって得た利益を社会貢献活動の支援金として贈るという活動です。


AboutUs.png


これによって不良品を再利用することによって廃棄物の量を減らすことができるだけではなく、社会貢献に取り組む団体への資金提供が可能という、「エコロジー」と「チャリティ」が融合した取組みが特徴です。


実際に「Styleta」にアクセスしてみると、有名ブランドの洋服が日本円で安いものは1千円、高いものでも2万円以下という価格で販売されています。
洋服を寄付する人は、着なくなった服を寄付することで気軽に社会に役立つアクションを起こすことが可能となります。また一方で、商品を購入する人は憧れのブランド品をお手軽な価格で手に入れることができる一石二鳥の取組みではないでしょうか。

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「ファッション」という、誰にでも身近な点から行動に移す機会が増えれば、もっと多くの人が気軽に社会に貢献しやすくなるのではと思います。
実はこの「Styleta」、私のNYUに通っている友達が参加していてその存在を知ったのですが、海外の同じ大学生がよりよい社会になるための「仕組みづくり」に励んでいるのをみると、私も頑張ろう!というモチベーションにつながります。


日本では「PASS THE BATON」(http://www.pass-the-baton.com/gallery.html)というサイトで、同じ様な取組みがなされているそうです。興味がある方はぜひ一度のぞいてみてください!

【文責:久保 七生】
posted by S.A.L. at 22:08 | Comment(7) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月03日

氷山の一角


こんにちは、1年の近藤まりこといいます。

とうとう9月に入り、2010年も3分の2が過ぎました。
去年までは高校の夏休みが終わってしまう時期でしたが、大学の夏休みはまだ続きます。

3か月近いこの期間をどう過ごすかは、やはり人それぞれです。





「大学1年の夏休み」何をしよう。

ぐるぐると考えた結果、今はサンフランシスコにいます。
9時間のフライトでやってきてからあっという間に1カ月がすぎ、6週間の講義&インターンシップのプログラムが終わろうとしています。

アジア圏にしか足を運んだことのない私にとっては
アメリカへ行くこと自体が初めての経験で、たくさんの驚きがありました。





そのうちでひとつ、毎日思い出す驚きがあります。

住んでいる寮から駅へ歩き、電車に乗って毎朝インターン先へ向かうのですが、
通勤の20分ほどの間にホームレスの人をおそらく10人は目にします。


その度に、あるホームレスの人から私に向けられた言葉を思い出すのです。






ある日の帰り道に、その人は「1ドルくれないか」と通りすがりに声をかけてきました。


道に立って、あるいは歩き回りながらコップなどを持ってお金を求める人は多く、すでに日本との大きな違いを感じていたので、それには驚きませんでした。

治安の悪い地域ではいつもしているように、気まずい顔をしてすっと脇を通りすぎようとすると



「この性悪女が」と怒鳴られました。





初めは何かと思いましたが、聞き間違いではありません。

「わたし性悪じゃないわ!こわいなあ!」というのが最初の感想でした。





しかし寮への帰り道、また何人かのホームレスの人に出くわします。

お洒落なカフェや、高級なホテル、ブランド店、ギャラリーがひしめく街で「ANYTHING WILL HELP」と看板を掲げて座り込む男女もいます。


そして投げかけられた言葉を思い返してみました。





家がない、お金がない人が助けを求めている。

家があって、お金がある人が、涼しい顔をして仕事や買い物に出かけていく。



「A QUARTER WOULD HELP」(25セントでも助けになります)と叫ぶ人の前を、

ブランドもののバッグが通り過ぎる。






私に向けられた「性悪女」という言葉は、

見て見ないふりをしてきたたくさんのものや感情が合わさった、氷山の一角なのではないかと思うようになりました。





紙コップを差し出すその人を「助けたい」と思っても、
たとえば1人で帰っているときにそこにお金を入れることは、私にはおそらくできません。

「助ける」と「助けない」だったら、「助けない」を選んでいることになります。


治安のあまり良くない地域にいるというのもあります。
周りにもたくさんのホームレスの人がいるというのもありますが、

それが私の本音です。




一方で、大きすぎる上に広がっていく一方の貧富の差には疑問を抱きます。

「このままでいい」と「改善すべき」だったら、当然のように「改善すべき」を選ぶでしょう。

これも私の本音です。






こんな風に、偶然の機会から大きな矛盾を見つけ、「助けたい」が形にならない!と痛感しました。

読んでくださっている方の中にも、様々な矛盾を抱える方がいらっしゃるのではないでしょうか。


このもやもやした矛盾、どうしたらよいのでしょう。

少しだけ、考えてみませんか。








読んでくださって、ありがとうございました!


[文責:近藤まりこ]
posted by S.A.L. at 10:51 | Comment(8) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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