2010年06月28日

遅ればせながらLIVE&PIECE2nd 収支報告

こんにちは。

もう2か月もたってしまいましたが、4月24日に行われましたチャリティライブイベント LIVE&PIECE 2ndの企画責任者を務めました慶應義塾大学法学部2年の重田竣平です。

ご来場いただいたみなさまや応援してくださった皆様への感謝は2カ月たった今でも、というよりこれから先一生忘れることはできません。SALを代表しまして重ねて御礼申し上げたいと思います。



さて今回の収益ですが、

来場者は223人
売り上げは526500円、募金額が24001円、CLUB ASIAのレンタル使用料が420000円、その他諸経費22400円を引きまして、108101円をNPO法人JMASさんに寄付させていただく形になりました。



僕は今でもLIVE&PIECEを継続して楽しんでいます。というのもライブに御出演頂いたMCの学生芸人・門出ピーチクパーチクさんや、もはやSALの中では伝説的ステージとして記憶に残っているTHEラブ人間のライブステージにちょくちょく、顔を出して楽しんでいるということです。すっかりファンになってしまいました。



みなさま精力的に活動されていて、元気をもらっています。
ご来場頂いたみなさまに、それらのライブ会場などでお会いできたらご挨拶したいものです!


ご報告が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

何かご不明な点などございましたら、sal.officialinfo@gmail.comまでどうぞ。
posted by S.A.L. at 22:48 | Comment(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月25日

二律背反


自分は本当に世界の苦しんでいる人々のことを救おうとしているのか。

よくそんな気持ちに苛まれる。





遡ると自分がそういう人々のことを本気で考え始めたのは
高校3年の受験期に小論文を学び始めたのがきっかけだった。


学ぶ中で自分の汚い部分がみるみるうちに明らかになってくるのだ。


もちろん高校生の自分の生活には直接的に害悪を与えるような要因はなかった。


しかし、少し視野を広げると間接的に害悪を与えている様々な要因が見えてきたのだ。


そういう自分を変えようと自分はできる限るの範囲で頑張ってきた。


やはり食に見直す点は多かった。


My箸導入もハンバーガーや牛丼を食べなかったことも今では懐かしい(笑。





だが最近、生活は様変わりし今までやってきたことがガラガラと崩れていくのを感じる。


付き合いで食事に行き、毎回自分の決意を曲げる度に


「それでいいのか。それだけの思いだったのか。」と胸が締め付けられる思いになる。





みなさんにこのようなことはないでしょうか?


確かに自分は極端に深く考えすぎているのかもしれない。





しかし、全世界の総人口の5人に1人(12億人以上)が1日1ドル以下で生活し、


今こうしている中でも所謂世間一般で言われる弱者は1人また1人と亡くなっているのだ。


この世界の現状はどう考えてもおかしいのではないだろうか。


今日、そのような人々に比べると裕福な暮らしをしている


自分たち先進国の人々は何かしらの形であれ動いていくべきではないだろうか。


自分はそう思う。


だがこう言っている自分もまた、まだまだ動けていない人のうちの一人なのが現実だ。


現在の生活の楽しさや喜びと、ある程度の犠牲を払ってでも苦しんでいる人々のためにやろうとする気持ち、辛さ


そういうような『二律背反』の中で自分たちは生きているのではないだろうか。





その中でも活きる1人1人の小さな力が増えていくことが大切だと感じる。


そういう小さな力が集まれば多義的な広がりを可能にする大きな力となり


難題の解決に繋がっていくと信じたい。





そう思いながら今日も自分の行動をまた見直していこうと思う。



【文責 瀬谷健介】
posted by S.A.L. at 00:03 | Comment(19) | お知らせ,イベント情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月18日

意識しない、意識

突然ですが、皆さん「同性愛」についてどう思いますか?

「同性愛」
というと、何かいけないもののような気がしてしまう。
なんとなく触れたくない話題。

ジェンダー論という授業で初めてこの話題を扱ったとき、
そう感じました。

異性間の恋愛のみが正しいとする考え方を、ヘテロセクシズム(強制異性愛)といいます。
同性愛者に対して、ヘテロセクシズムにおいて「正常」とされる人々を異性愛者という言葉で表現します。

ここで問題なのは、正常を定義することが、正常ではないものの排除につながる、ということです。

私たちの社会のシステムは、ヘテロセクシズムです。
マジョリティである異性愛者が「ふつう」。
それに対してマイノリティである同性愛者は「ふつう」ではない。
ここから生まれる同性愛に対する嫌悪をホモフォビアといいます。

ヘテロセクシズムでは、女性は男性と対になること、つまり男性の権力下におかれることで評価されます。
女性に対する嫌悪をミソジニーといいますが、ここに男性優位の構図が見てとれませんか。

私は既婚・未婚で女性が評価される根源もここにあると思っています。
たとえば女性差別という歴史、あるいは現状を考えても、意識の下でヘテロセクシズムに支配されているのではないかな、と。

ジェンダーとは「社会的につくられた性別」のことで、「生物学的な性別」であるセックスと区別して使われます。ジェンダー論で議論されるのは、社会的な「マジョリティ」と「マイノリティ」における問題です。
上に書いてきたような性別や、人種、障害の有無などの「マイノリティ」に対する排除思考がいかに多く、そして正当化されてきたのか。ジェンダーを通して考えたとき、見えてくるものがたくさんあります。

自分個人、自分の住む社会、国、世界を考えるとき
さまざまな問題がそこにあると思います。
今起きていること、昔起きたこと、これから起こること
状況や因果関係を把握したり分析したりすることは必要です。

でもその前に、
その背景にある意識、
それも潜在的な意識について考えることも必要なんじゃないだろうか。

そんなことを考えました。


【文責:清水希理】
posted by S.A.L. at 00:00 | Comment(16) | お知らせ,イベント情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月14日

キックオフの前に。


こんばんは、はじめまして。
1年の近藤まりこと申します。

よろしくお願いします!





さて、関東では突然肌寒くなって

梅雨入りが発表されそうな気配ですが、




今日の熱いイベントはというと、

サッカーワールドカップ2010
日本代表の初戦、vsカメルーンです!

キックオフまであと少しです。




しかし、残念ながら

日本代表の調子が抜群にいいとは言い切れない状態のようです。


「試合は一応見るけどさ、まあー無理でしょ」

「最初から体格違うよね」

「とりあえず期待しないどく」


そんな会話が、あちこちで聞こえます。



実際、勝算は厳しいものなのかもしれません。

やっぱり得点力不足、と言われるのかもしれません。





それでも応援するのなら、

キックオフの瞬間には、勝つんだと信じていたいです。


「一応」、「最初から」、「とりあえず」を

試合が始まる前に並べてしまうのは、


この上なくもったいない。



軽々しく口に出して混乱を招くのでなければ、

思い描くものは、

大きくてもいいんじゃないかと思うのです。







暗雲ばかりに見える日本の将来も、

自分たちの「国際協力」がもたらすことのできるものも、



「一応」、「最初から」、「とりあえず」を取り除いて



「こうしたい!こうなりたい!」と能動的に期待することは

きっと原動力につながっていく。





閉塞感を感じざるをえない状況では、

どうしても叶わなかったときの落胆が怖いです。



でも「こんな時代」だからこそ、

予防線は緩く緩くしておいて、



未来に期待する強さを持って

いろいろなことに取り組んでいけたら

大きな目標にも近づけるのではないでしょうか。








というわけで、

日本代表の未来に期待して、応援しようと思います!

読んでいただいて、ありがとうございました。
posted by S.A.L. at 20:01 | Comment(17) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

幸せのデザイン

先日、六本木ミッドタウンで開催されていた「世界を変えるデザイン展」に足を運んだ。



…デザインが世界を変える?どうやって?



そう思った人も多いはず。
そのうちの一人だった私も、わくわく・もやもやしながら会場に向かった。

***********
この展覧会の主旨は発展途上国に住む人びとが直面する、
様々な課題を解決してきた“デザイン”を紹介するというもの。


実際に会場には、汚水を簡単に浄化できる個人用携帯浄水器、自分でレンズの矯正度数を調節できるメガネやフィットしやすいゴム製の義肢などなど…
世界各地に内在する課題を解決したプロダクトが所狭しと展示されていた。


沢山の展示品の中で一番興味をそそられたのが“Q Drum”


これは水源から大量の水を運ぶためのドーナツ型のタンクで、中央の穴に紐を通すことでドラムを転がし、一度に50リットルの水を運ぶことができる。


頭の上に重そうな水のタンクを載せて歩く、アフリカの子供や女性の姿をテレビでよく見かける。
この水の入った重いタンクは首の神経を圧迫し健康を害する要因となっていた。

しかしQ Drumが使用されることで、そういった人たちをはじめ、発展途上国の女性や子どもの身体への負担が軽減されたのだ。


実際にどんなプロダクトなのかはぜひ動画を見ていただきたい。




助けを必要としている人たちのニーズをデザインすることが、その人たちの幸せをデザインすることに繋がる。
すごく素敵な取り組みだな、というのが私の率直な感想だ。


素敵、という言葉で表してしまうのは安易すぎるかもしれない。
けれど、新興国とのwin-win関係を築くことが世界をより良くする最善の方法なのだと改めて感じた。


あともうひとつ。
展示品のうちの一つに日本が製作した「個人用黒板」があった。
途上国の中には“書いて覚える”という学習の基本的な習慣がないところもあるのだという。


ありきたりなことだけれど、今じぶんが“当たり前”と思っていることは他の人にとって“当たり前”ではないということをいつも頭の隅で意識することが大切だということを再確認した。

わくわくするような新しいアイデアというものは、そういう常識や一般的な定義を越えて考えることでやってくるものなんだろう、と思う。
***********

残念ながらもう展示期間は終了してしまいましたが、「世界を変えるデザイン展」のホームページからより詳しい内容が見れるのでぜひアクセスしてみて下さい。

http://exhibition.bop-design.com/

【文責:久保七生】
posted by S.A.L. at 08:53 | Comment(14) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月10日

戦争体験

先日、ミクシィに友人がある2ちゃんねるのURLを日記にアップしていました。


それは、戦争の体験を2ちゃんねるにつづっているものでした。
2ちゃんねるに書くということは、筆者は若い世代であることは容易に想像できると思います。


戦争体験のお話を伺うとなると、日本軍の兵隊に参加した方や幼少の時の原爆の被害を語る、
御年の召された方がほとんどだと思います。

ここで語られていたのは、ユーゴスラヴィア紛争に巻き込まれてた日本人の少年のお話です。


また、
2ちゃんねるに書かれているということは、信憑性が疑われるでしょう。
私も始めは疑いました。
出版物ではないし、確かな信憑性があるとはいえません。
この戦争体験は信じるかどうかは読み手の問題であると思います。



私は、この文章を読みかなりの衝撃的を受けました。
3民族が元々混在して居住していた地域で、戦争が勃発し、民族同士が争うというもの。

執筆者はおそらく日本人です。
異民族として戦争に巻き込まれ、友人が被害に合うのを目の当たりにする少年の悲痛の告白が綴られていました。

信じがたい内容です。私にとってはかなり非現実的です。
それは平和ボケをしている証拠かもしれません。

書かれていたものは体験者の主観で書かれていましたが、
私が読み終えた時になんともいえないほどの虚しさが残りました。

戦争はいけない。
そんなこと誰もがわかっているはずです。


では何故戦争はなくならないのでしょう。
この問いに対する答えは私には解りません。

ただこの文章を読んで、
「戦争の異常さ」を体感したような気になりました。


皆さんはどう思いますか。


最後に、このURLを載せておきます。
二度目になりますが、2ちゃんねるに投稿されたものなので、確かな信憑性はありません。
信じるかいなかは読み手の皆さまによって違うと思います。


戦争の体験を語るわ―まめ速
前編
http://mamesoku.com/archives/183772.html

中編
http://mamesoku.com/archives/187637.html

後編
http://mamesoku.com/archives/188294.html


【文責:木本佳歩】
posted by S.A.L. at 16:21 | Comment(15) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月07日

エリン・ブロコビッチ


広報局のみふぁです。


信念とそれを叶えるのための努力があれば、人に成せないことはない。
そう、私は思っています。


ただし、その信念を持つこと、これが一番難しい。
なぜなら、そうすることで、自己犠牲が伴うことも、周りに迷惑をかけることもある、その覚悟を承知の上で、大きな決断をしなければならないからです。


最近私が見て、心に残った映画を紹介したいと思います。
それは、2000年に製作されたエリン・ブロコビッチという、そのまま映画のタイトルにもなっているのですが、大企業から全米史上最高の和解金を獲得した、実在する女性の半生を描いたサクセスストーリーです。


ジュリアロバート演じる実際の彼女は、胸元もあらわに超ミニのスカートでキメた元ミス・ウィチタ。離婚歴2度。3人の子持ち。無学、無職。貯金残高16ドル。それに、3人の子どもをもったシングルマザー。
そんな法律の知識も皆無な彼女が、大企業の工場が有害物質を垂れ流しにしている事実を突き止め、病に苦しむ住民たちを目の当たりをし、そして彼女は大企業を相手に訴訟を起こすことを決意。
彼女の信念からの地道な活動によって、無謀だと思われた訴訟で見事勝利しました。


この映画を見て、経歴も格好も派手な彼女。やる事もど派手。一度やると決めたら、あきらめない。そんな彼女のパーソナリティだからこそ成し遂げられた、そういってしまえばそうなのかもしれないです。


それでも、もし訴訟で敗訴してしまえば、彼女の人生はそれこそ崖っぷちにたたされてしまう。そのリスクの重さを嫌ほど理解していた彼女は、それでも自分の我が道を選びました。リスクを背負う、その面では誰しも同じです。


彼女みたいにやれ!とは言えないし、
彼女みたいやれる!自信もない


無我夢中で自分の信念、正義感を全うしようとする人。
ただ、素直に彼女みたいな人間になりたいと思いました。
少なくても映画をみたみんなの目に、彼女の人生が魅力的に映ったはずです。


そこそこの企業に就職し、やりがいはないけれど仕事をお金を稼ぐために働く、ただルーティーンな毎日をただ過ごすことよりも、失敗に終わっても成功に終わっても、自分が信念を持ってやりたいことに突き進んでいく人生の方が、魅力的なことのように思えました。


彼女のように、“信念をもって行動してみる”。そのことは自分の人生を豊かにするものだと思います。
探せなければ、まずは信念を持って行動している人に付き添ってみる、協力して一緒になってがんばってみる。
結構楽しいもんなんだと思います。

人生楽しく生きたいな!そんなことを思う今日この頃です。


エリン・ブロコビッチ
posted by S.A.L. at 00:04 | Comment(15) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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