2010年05月31日

メキシコの麻薬聖人


こんにちは!総合政策学部1年の飯野僚子です。


突然ですが、皆さんは「メキシコ」と聞くと、どんなことを想像しますか?


私の場合、ナチョスとビールを抱えて野球観戦を楽しんでいる、
恰幅のよい陽気そうなおじさんをまず想像します。
明るく陽気な人が多い、活気のある国というイメージです。

みなさんもメキシコに対しては、どちらかというと良いイメージを持っている人が多いと思います。




さて、先日、NATIONAL GEOGRAPHICという雑誌で、ある特集記事に出会いました。


「メキシコの麻薬聖人」


「麻薬」と「聖人」の組み合わせってとても不思議ですよね?
それに、私はメキシコに対して良いイメージしか持っていなかったので、衝撃を受けてしまいました。


すぐにそのページを開いてみると、
そこには鎌を持ったローブ姿の骸骨にキスをする若者の写真が…。
なんだか不気味な光景で、今思い出しても鳥肌が立ちます。


そのキスをされていた、死神のような容姿の「彼女」は、
「サンタ・ムエルテ(死の聖人)」と呼ばれるカルト信仰の聖人で、
最近信者を増やしている守護聖人の一人なのだそうです。


干ばつ、新型インフルエンザの流行による観光産業への大打撃、主要な輸出品である石油資源の枯渇、深刻な経済危機、そして何よりも麻薬ビジネスがもたらす災厄と、陰惨で悪名高い暴力犯罪。


メキシコは最近、様々な困難に苦しめられています。
なかでも、「カルテル」と呼ばれる麻薬密売組織が関与する殺人事件は、
身の毛もよだつほど酷いもので、事実上無法状態が続き、
メキシコの人々の恐怖心を煽っています。
(昨年の麻薬がらみの殺人事件は、一つの町のなかだけでも、2600人以上の犠牲者を出したそうです。)


このような死と隣り合わせの日常を救ってもらいたい、という人々の願いから、
サンタ・ムエルテは多くの信仰を集めるようになりました。


でも、なんで死神にお祈りするの?
そう思う人はたくさんいると思います。


実は、サンタ・ムエルテのような絶望を表す守護聖人は、
「麻薬聖人」として麻薬密売人によっても信仰されているのです。


警察官や政治家が、麻薬密売組織に買収されるという問題もあり、
メキシコの人々に唯一できるのが、「これ以上苦しめないでください。」と、麻薬聖人に身の安全をお願いすることなのです。



私はこの記事を読んで、メキシコの人々の心にある、暗い部分に触れてしまった気がして、なんともいえない気持ちになりました。
それと同時に、このことを知っている人はどのくらいいるのだろう、と疑問に思いました。


ニュースや新聞を見ていると、世界中のことを知ったつもりになってしまいますが、
まだまだ知るべきなのに、知らない問題はあるんですよね。


この麻薬問題自体を解決することは、学生の私には不可能です。
それでも、問題を知った以上、現状をもっと学び、人々に知らせなければいけないと感じました。


これからSALの活動に本格的に参加するわけですが、

知ったことは知ったままにしない。
「かわいそう…」で終わらせない。

このことを常に意識していきたいと思いました。


参考文献:NATIONAL GEOGRAPHIC 2010年5月号p130~p149 
posted by S.A.L. at 22:46 | Comment(18) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月29日

愛のカタチ


iPod、iPhone、iPad。
最近巷ではApple社による愛があふれています。

昨日5月28日は日本でiPadが解禁されるとあって、販売店には1000人を超す人々が列をなしたそうです。



行列に並ぶのも、新しいものにもあまり興味を持たない私だけれど、このiPadの存在はかなり気になっています。なぜか?

それはiPad上の「電子書籍(※1)」というコンテンツに大きな魅力、そして同時に大きな脅威を感じているからです。

iPadの持つ大きな特徴として、現在紙媒体で発行されている雑誌・新聞・書籍が読めることが挙げられます。「液晶画面上で本を読む」という文化はまだ日本においては根付いていませんが、既にアメリカでは「Kindle」という電子書籍を読むための端末が一大ブームを巻き起こしています。先日、私も学校へ向かう南北線の電車の中で、ごく自然なしぐさでKindleを読むアメリカ人女性を見かけました。

このKindleはモノクロのe-インクという特殊なインクを用いて文字を表示しており、紙本来の質感に近い文字表示がされるのが特徴です。

そして一方、今回発売されたiPadはパソコンと同程度の美しいカラー液晶。つまり、iPad上では書籍をより鮮明に、挿絵や漫画を立体的に、さらには紙面上に動画も挿入することも可能となっています。

『パソコンと同じような美しい液晶画面上で、何千何万冊もの書籍を簡単に購入でき、従来の書籍よりも視覚的に楽しみながら読むことができる―。』

ことばだけを見るとなんだかわくわくしますよね。
ですが、私はこの「電子書籍」というコンテンツに少し違和感を持ってしまうのです。

皆さんは本屋さんに行った時、どうやって本を買いますか?
作家さんで選ぶ・表紙のインスピレーションで選ぶ・あらかじめ読みたい本を選んでおく
買い方は人それぞれだと思います。

だけど、そこには共通するものがあります。
それは本と出合った時の「わくわく感・どきどき感・満足感」です。

その本の中にどんな物語が繰り広げられているのかを想像したり、それによって自分の考えがどう変化するのかの未知の世界に想いを馳せたり、本の重みや質感から満足感を得ることは、誰もが体験したことがあるのではないでしょうか。

私にとって本は、そういう小さな幸せが集まってやっと完成するものなんです。
ただ内容があればいいのではなく、その本の持つ紙の質感・重み・書き手の想いのこもった装丁、そして読者の想い―。
それらすべが出会うことができて、初めて本は形や意味をなすものだと考えています。

だからこそ、利便性や審美性を追求した電子書籍という本の在り方にはどうしても「あれ?」という違和感を感じてしまうのです。

しかし近年、日本においても、電子書籍事業は拡大しています。
【参考:http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20100527-OYT1T01029.htm

だけど、ちょっと待った。
本のあるべき場所ははたしてiPadなどの電子メディア上なのでしょうか?

その答えは今、私がここで出すことはできません。

けれど本に対する愛、作者に対する愛、それらを持ち続けることができるのはやはり紙でできた書籍だと私は思います。

電池残量などとは無関係で、いつでも無条件にそこにある。
そんな恋人のような存在が人々にとって本当の「本」なのではないでしょうか。

【文責:赤津ともみ】

※1.紙やインクを利用した印刷物ではなく、電子機器のディスプレイ上で読むことができる出版物の総称。
posted by S.A.L. at 03:02 | Comment(16) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月25日

フリーペーパー設置しています(^ω^)

こんにちは。ブログをご覧のみなさんはもうS.A.L.のフリーペーパーを手元にお持ちでしょうか?

まだ!という皆様は以下の場所に配布しておりますので、お近くのお店または学校に足を運んでいただければ幸いです(・ω・*)

●東急東横線沿い

Café Harvest(日吉)
映画館UPLINK(渋谷)  http://www.uplink.co.jp/top.php
フェアトレードショップぐらするーつ(渋谷)  http://grassroots.jp/
UPSTAIRS GALARRY(代官山)  http://www.mrfriendly.co.jp/gallery/
Monkey garally(代官山) http://www.superplanning.co.jp/monkey/
Rootote garally(代官山) http://www.superplanning.co.jp/rt_gallery/
Mr.friendly café(代官山) http://www.mrfriendly.co.jp/fr_net3/02_shop/index.html
ひよし屋(日吉)
ド・マーレ湘南 日吉店(日吉)
とらひげ(日吉)
CALENDAR CAFÉ(日吉)  http://calendarcafe.blogspot.com/
Papillon(日吉)  http://hiyoshi.planningcrew.com/
ステーキくいしんぼ 日吉浜銀通り店(日吉)
 

●湘南台

やっさいもっさい
Keys(慶應大学SFCキャンパス敷地内)
タブリエ(慶應大学SFCキャンパス敷地内)

●三田

紙飛行機 coffee&cake
JADE(bar)
Cadeau(standing bar)
Thc(sports & darts bar)  http://thctokyo.com/

●下北沢

Teng jelly   http://www.tengujelly-samuraiicecream.com/
North side café  http://www.northsidecafe.jp/
HACHI      http://www.k5.dion.ne.jp/~hachi8/
PALAZZO CAFÉ (sports cafe)
Café & dining asso
pebble
café&comic kiitos   http://www.comiccafe-kiitos.com/
GOPAL    http://www.heads-west.com/gopal.html
Café bar FREE FACTORY   http://www.a-works.gr.jp/freefactory/main


●その他

美容室broto(元町)
東京外国語大学

ぜひぜひお気軽にどうぞー♪
posted by S.A.L. at 23:49 | Comment(0) | お知らせ,イベント情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『伝える』って何?








あなたは、『伝える』ってどういうことだと思いますか?







私は、この質問を多くの人にしている。
自分自身が、この「伝える」とはどういうことなのかということを日々考えているからだ。

今日は、この質問の答えとして、私が一番ビビッときた答えを、皆さんにお裾分けしようと思う。




「伝えるって何?」

ほとんどの人は、この質問をする中で考え込む。
だが、唯一彼は私にその質問をされるのが最初からわかっていたかのように、サラッと答えた。

「イマジネーションと息づかい」

と。

彼は続ける。

まず、『伝える』ということは、伝える人が頭の中でイマジネーションしたものを、受け手へ届けるもの。そのイマジネーションが受け手の頭の中に思い浮かんだら、それが『伝える』になるんだ。


もう一つ、『伝える』ということは、息づかいを届けること。
これは、簡単に言えば、「友達と話すとき」と同じことということなんだ。
友達と話すとき、息づかいを含めて話をするということだろ?
それは、たとえテレビを通してでもネットを通してでも、同じことをしないと『伝える』にはならないと思うんだ。
息づかいを届けられるようなものが、本物の『伝える』なんだ。
テレビの前でも、そこに友達がいるように、話すとうまく伝わる。


私は、この答えに感銘を受けた。
私では考えられない、深い答えだと思う。

そして、この『伝える』をすることは、本当に難しいことだと思う。
イマジネーションを頭の中で思い浮かべることはできるが、それを届けることはできるだろうか。
息づかいを伝えるにはどうしたらいいのだろうか。

これから、考えていきたいと思っている。



『伝える』ということは、皆に関わりのあることだと思う。
S.A.L.のように国際問題の啓発をするということも、学校の授業で発表するということも、友達と話すということも、『伝える』ということだと思う。

皆さんも、『伝える』ということ、考えてみてください。


最後に、実は今回『伝える』について語った「彼」とは、私の祖父だ。
意外に身近に、感銘を受ける人はいるのだ。
皆さんの周りにも、きっといるだろう。
話を聞くということ、大事にしたいと再実感した、一日だった。
posted by S.A.L. at 09:42 | Comment(16) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

最近考えていること

世界ではまだ数々の紛争が起こり、貧困に苦しんでいる人々がいる。


しかし、日常生活でそれについて思い出すことは少ないのではないのか、と最近思う。


ハイチで地震があったりだとか、タイで暴動が起こったりだとか、そのニュースがホットだったら目に留まるかもしれない。


しかし、興味がなかったり、注意していなかったりすると流れてしまう情報でもある。



今日、ハイチで震度6の地震があったよって聞いてもあぁ大変なんだなーとかしか思わなかったり、インドで飛行機が落ちたって聞いても、あ、自分がいたときじゃなくてよかったって思ってしまったり……。


こういった問題に対して何かしなければと思っても、それは一瞬のことで、楽しいことがあったり、余裕がなかったりすると、遠くにいる誰かを思いやる気持ちはどこかに飛んでしまったりもする。



無責任な話だし、冷たいといわれてしまえばそこまでだけど、平和な日本に住んでいる限り国際問題について常に考えるのも難しいことなのかもしれないし、距離が離れてしまうと、それだけ他人事の傾向が強くなってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。



だからといって、どうせ何もできないからって考えること自体をやめてしまうのもまた違うと思う。

常に考えることは無理だったとしても、ふとした瞬間に思い出すことが、その人の何気ない行動につながったりする。

注意してみているだけで、街角の募金箱や、国際協力に関するイベントに目が留まったりする。


自分にはなにもできないと思っていても小さなことを積み重ねることで何らかの貢献につながっていたりする。


そのことを頭に入れて毎日を過ごしていきたいと思う。



文責 深瀬 詩織
posted by S.A.L. at 00:13 | Comment(16) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

プロジェクトを創るとは

「子どもらしく、バカに、そして楽しく。」

実際そうなれと言われても、簡単なようで難しいこの言葉を、僕は自分自身ののモットーにしている。どんなときも、どんなことも、子どものように無限の発想を広げて、バカになってポジティブにならないで、そして全力で楽しんで行きたい。そう考えているからだ。

*

この間、S.A.L.の新歓合宿があった。そこで行ったのは、プロジェクト立案ワークショップ。50人の新入生と一緒に、グループ毎に実施した。わくわくって何だろう?もやもやって何だろう?というおおきな曖昧な疑問を、ひとつのプロジェクトという形に昇華して具現化するワークショップだ。

ぼくは統括側ということで、それには参加できなかったのだけれども、みんな真剣に、そしてまじめに頑張っていた。


*

プロジェクトの最終プレゼンテーションが終わった時、ぼくは感じた。
「みんなちょっと、カタいな。」別に悪いことじゃない、カタくてもしっかり構築できているものばっかりだったし、論理的にも実現可能性にも優れているものはたくさんあった。でも、カタい。わくわく、しない。
そのとき僕は思った。「みんな、子どもらしく、そしてバカになりきれていない」って。

*

プロジェクトを考えるとき、ぼくらはまじめにカタく考えすぎてしまうことがたくさんある。理論構築や現実可能性、利益なんかの既成概念に囚われて、ガチガチになってしまうからだ。たしかにそれでも、いいかもしれない。そうすべきだと言う人だって、たくさんいるだろう。
でも、ぼくはそれじゃあ楽しくないじゃんと思ってしまう。いいアイデアとか、すごい面白いこととか、びっくりする企画って、絶対にみんなでわいわい楽しんでるときに飛び出すものじゃないか、と言いたいわけだ。

「こんなんどう?いいんじゃね?」
「あ!それすごい、いい!」
「めっちゃやりたい!」

そんな会話がはじまるようなわくわく感。これが大事。最初に言った「子どもらしく、バカに、そして楽しく。」っていうのはつまりそういうことなのだ。最初から変に網に絡まることなく、自由に発想していくことが、ここでは求められるんじゃないのだろうか。変ないろいろなムズカシイことは、あとから順を追って考えていけばいい。実現可能性が少ないなら、可能性があるようにアプローチしていけばいい。論理性がおかしいなら、論理を構築すればいい。利益が出るか不安なら、さらにアイデアを絞り出せば、いい。
自分がわくわくしないモノなんて、ほかの人もやりたくは、ならない。
楽しいものはきっと、わくわくする。バカなものも、子どもらしいものも、きっと絶対、わくわくする。
それならカタくなりすぎず、楽しく考えたほうがいいに決まってる。

*

たとえばカッコイイ橋を作るときに、橋の大きさも長さも色も形なんにも決まっていないのに、いきなり設計図を書くことはできない。仮に出来たとしても、なんだかフツーの橋になってしまうだろう。よくある、「THE 橋」みたいな橋。
そこで大切なのは、自分が子どものとき、真っ白な紙に落書きした感覚だ。
その感覚を思い出しながら、でっかく、好きなように、自分だけの橋を描いてみたらどうだろうか。もちろん、楽しく、バカに。

そうすればいつか、大きな虹の橋が、できあがるはずだ。

文責:代表 はたちこうた
posted by S.A.L. at 19:55 | Comment(19) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月06日

一段落つきまして、これからも。

こんにちは。武井ヒロアキです。

世間はGW最終日、今年も5月に入ったんですね。





さて、僕は、
年末からカンボジアの地雷問題について勉強を重ね、

3月のスタディツアーでは現地の「リアル」に圧倒され、

4月のライブ&ピースでは、
これまでの「LEARN」を少しでも「SEND OUT」に繋げられれば、

と尽力してきました。

そんなこんなで、たくさんのことを経験させてもらいました。




ライブ&ピースでは
「世界にはいまだ1億個の地雷が埋まっています」
「その地雷を撤去するには1000年以上」
「地雷は一個あたり300円程度」

そんな風に情報を簡潔にまとめて伝えていきました。



しかしながら、
地雷という問題はそんな表面的な説明では片付けられないのは確かです。

もちろん、国際問題の入り口として、イベントは大成功だったと思います。

しかし、問題の本質にまで迫ることは容易ではありません。






実際のところ問題の本質というものは
「伝える」ものではないと思います。

簡単に言い直すと、
伝えられるのは「情報(データ)」まで、そう思っています。




つまり、地雷という問題の現状を伝える上でも
「◯個、◯年、◯円」という情報(データ)を伝えるしかありません。

そこに、地雷問題への考察や批評を加えたとしても
それも結局は他人の+、−の評価(データ)に過ぎません。



その意味で、
問題の本質に迫るとは
「自らが問題に対して意識を持つこと」

意識を持つとは、
「自らが問題に対して考え方を持つこと」

最近、そう考えています。




しかし、逆説的ではありますが
「意識の創成」には情報(データ)が必要なことも確かです。


イベントを終えた今、
S.A.L.として「意識の創成」を積極的に促せるような

「新鮮で興味深い情報(データ)を発信していきたい」

と強く思っています。

そのために何ができるのか。
そんなことをいつも考えるようになりました。



イベントに協力してくれた皆様、ありがとうございました。

これからもS.A.L.をよろしくお願いします。





posted by S.A.L. at 00:49 | Comment(16) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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